人生ってなんだろう(19)

ルドルフ “とんそく”で遊ぶ

“とんそく”(豚足)というと、ちょっとこだわりの焼肉屋のメニューにある一つの料理と思われることでしょうか。注文すると小鉢にピリ辛の酢味噌で和えた、ゼラチン質の肉料理が出てきて、コリコリとした食感を楽しめるものと思います。
私の記憶にあるものは多少異なります。まだ、昭和30年代、小学校に上がる前のころの記憶となります。

その日はどのような経緯だったかは忘れましたが、父親と二人山手線に乗って、上野駅近辺を訪れておりました。
仕事の都合か何かの用事があったのでしょう。まあ大した要件でもない為、私を連れての外出だったと思います。
私は陽が落ちてゆく中、上野の街の雑踏の中におりました。あたりは夜市のような趣で多くの店が並び、電気のコードが軒先を這い、連なる裸電球に灯りを燈し始めていました。その明かりがとてもまぶしく思えたことを覚えております。
今思えば、上野の焼肉通りのあたりでしょうか。以前評判を得た「千と千尋」に出てくる街並みのようなイメージでありました。広い通りを折れ、横道に入って行きます。私の父親は子供の手を引くような父親ではありませんでした。いつも後ろ手に組んだ手で、時折私を手招きします。私は父親の背を追いながら、細い路地にひしめく、うす暗い明かりを発する裸電球の間を抜けて行きます。
路地を進み、左手にあるガラス戸が半ば開いた、カウンターが見える店に入って行きます。ガラガラとガラス戸を少し押し、私も店の中へと入りました。目の前には年季の入ったカウンターがあり、椅子が並んでいます。
店の奥行きはなく、カウンターの中で店主が一人、何か忙しそうに作業をしております。カウンターには大皿に盛った、良くわからない料理がいくつも置かれていました。一番左端のカウンターの角に、ひときわ大きな器に山のように盛られたものがあります。長さは20cmほどで、白くて太い筒状のものが折り重なって、無造作に積まれておりました。
まだ熱いのでしょう、湯気が立ち上っています。
その白い筒状のものを良くみると、先端に2本の爪がついております。その爪も茹でられ、白く輝いておりました。

「これは足?何の足?」と問いかけると、すでに椅子に腰かけ、店主に話しかけていた父親は得意げな顔で「これは豚の足だ。一つ食べてみなさい」と一本の“とんそく”を私の前に差し出しました。その“とんそく”は、2本の爪の間に包丁の刃を入れてあり、父親はこうするものだと爪の切り込みから二つに引き裂き、私に食べるよう促しました。
まあ今では想像もできないでしょうね、小学校にも上がらない子が、路地裏の店のカウンターで、“とんそく”を引きちぎって、小皿にある醤油を付けて食べている姿は。しばらくこの“とんそく”との格闘は続きました。傍らで父親は、お茶碗のようなもので、白い酒を呑んでおりました。
たぶん父親は、私をびっくりさせたかったのでしょう。私が“とんそく”に夢中になって格闘する姿を喜んで見ていたのだと思います。その後も時折、その“とんそく”は我が家に訪れました。私は家族にこうやって食べるものだと、自慢げに話していたことを思い出します。そうそう、小さく切った柔らかなところは、家の猫にも好評でした。

今、注文して出てくる小鉢に入ったものを見ると、何か寂しさも感じる次第です。まあおいしいですけどね。

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