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たぶん日本でいちばん正直で執拗なICL(眼内コンタクトレンズ)手術レポート

まず言いたい。

「うそつき!!!!!」

手術は痛くない?
翌日から感動する?
人生でもっともおすすめしたい手術?

「うそつき!!!!」

1.手術を決めるまで

視力は0.04。
左は強い乱視入り。
視力検査では小学生の頃から「指してるところが見えません」がキメ台詞の、ハードコンタクトレンズ歴25年の40歳です。

ここ数年はアレルギーに悩まされ、コンタクトは常にかすみっぱなしでストレスフル。
夜になると、あのシパシパする感じが目元から頭部を襲ってストレスフル。
常に、ぎゅっ! ぎゅっ! とまばたきするから、眉間に皺が生まれてストレスフル。
疲れ目がまぶたに影響して、奥二重が二重というか三重、四重? とにかく外陰部みたいなヒダヒダになって毎朝アイプチで奥二重にするけれど、ラテックスアレルギーになってまぶたぼこんぼこんに腫れて痒くてストレスフル。

はあ、はあ、はあ……も、もうやめて!!!!

借金持ちだし、たった数十万円も払えず同僚たちが角膜を削るのをうらめしげに眺めていた、レーシック全盛期の20代。
独立や出産で多忙を極めた30代。
そして40歳、近所のかかりつけ医は言いました。

「ICLをやりたいの? うーん。もうすぐ老眼だし、コスパが悪いからおすすめしないけどねえ。やるなら20代だよ。それに、ハードコンタクトがずっとできているなら、それがいちばん目にとっては健康だよ」

20代で約70万円の手術費用が払える富裕層なら、スーパーで1パック279円の卵を買うくらいの気軽さですでにICLをやっているはず。
自由もお金も余裕もようやく生まれたいまがわたしのタイミングなのに、老眼だからヤメロなんて、わたしの人生はそんなに虚しくないと思いたい。

わたしの夢は、裸眼で星を見ることです。
いちどでいいから、子どもの頃から憧れていたこの夜空を、肉眼で見てみたいんです。

科学のアルバム「星雲・星団をみよう」藤井旭(あかね書房)
昭和中流家庭に必ずあった児童向け図鑑。
「全裸監督」で山田孝之さん演じる村西とおるが売りさばいていた類のやつですね。

わたしは、これに網戸のようなモヤがかかった景色しか見たことがありません。
目が焦点を合わせる作業を放棄するように、この星を見たらその隣の星が行方不明になり……みたいな現象が続き最終的には目の前が真っ白になって、全部「あ、雲か」ってことになります。
目が思考停止するんですよ。
小笠原の父島に行ったときも、せっかくの天の川を雲だと思って興ざめしたほど。
コンタクト越しは、限界があるのです。

漠然と「そんなのもあるのか。レーシックよりよさそう」程度に認識していたICLを身近に感じたのは、1年前、かつての同僚がICL手術を受けたことを、FBで報告していたから。
彼は書いていました、「世界が変わった」と。
それからICL手術の成功者ブログを読み漁りました。
異口同音。

「世界が変わった!」

サロン養分のごとく都合のいい情報だけを徹底的に叩き込み、手術への決意を固め、お世話になる病院も決定。
その病院を選んだ理由は、白内障手術を得意とするからでした。
なんでもICL、眼球に埋め込んだコンタクトレンズは、いつでもお手軽に取り替え可能だそうで、白内障になればそのまま白内障レンズにお手軽に移行できるのでは? ……と我ながらの名案に自画自賛しつつ、さっそくその病院へICL手術前検査の予約を入れたのです。

2.手術前の検査期間

検査1週間前から、裸眼が強いられるため、四六時中、眼鏡で生活します。
挿入するレンズの度数を、寸分の狂いもなく測るためです。
これがシパシパしないし思いのほか快適でしたが、眼鏡に迷彩ハット、新井英樹先生のTシャツ、


ユニクロの短パン、という出で立ちで公園で遊ぶ小1息子の隣にいたら、上級生に、

「え……誰かの知り合いですか……」

と聞かれて初めて、傍からみるとわたしの風貌は小1を狙う素性不明な不審者に見えているのかとハッとして、眼鏡はわたしを不審者にするのだなと気づきを得ることができ、ICL手術への決意をさらに固くしたものです。

そしていざ検査後、先生が看護師さんにこっそりと「右目も乱視用で……」と耳打ちした姿を捉えつつも見なかったことにして、プラス10万円上乗せされたレンズ代はしめて70万超え。
右目はそんなに乱視が入っていないはずだけど……うん……もう……いいんです。
だって、決めたんだもん。
数ミリ程度の不信感で躓いていたら、一生、裸眼で星を見ることはできないもん。
びたーんと払ってやらあ77万円!

3.手術当日

最後の検査から1ヶ月後。
どうやらこの日は、手術オンリーの日のようです。

病院に足を踏み入れると、まっさきに目に飛び込んできたのは、真っ白な灰になっちまったジョーでした。

「あしたのジョー」ちばてつや

受付の女性が甲斐甲斐しくゴミ袋とティッシュ箱を抱え、焦点の合わぬ目でぐったりと壁にもたれかかる推定30代女性に寄り添っています。
この女性、どうもICL手術後のようですが……。

はて…………?

わたしはいつもお守りのように読んでいた成功者ブログを読み返しました。

「手術中、痛みはありませんでした!」
「あれ? もう終わり? という感じでした!」
「終わって30分もしないうちにひとりで電車で帰りました!」

はて…………??

ジョーを見ます。
放心状態で力なく壁に身を預け、目元をティッシュで押さえながらうなだれています。
生気のなさが異常。
もう一度ブログに目を落とします。

「痛みはありませんでしたw」
「楽勝ーーww」
「ほんとになんかやりましたか? って感じwww」

いやいやいやいや、灰になってんじゃん。
急に得体の知れない恐怖心と緊張感が、足元からせり上がってきました。
ヤバい。
わたし、もしかしてとんでもないところに足を踏み入れてしまったんじゃないだろうか。
アイフルがブラックになり、雑居ビルの一室にある革張りソファに座ったときのような感覚です。

手術までの30分間、なんども差している瞳孔を開く目薬の影響で、成功者ブログがまったく読めなくなった頃、手術室から名前が呼ばれました。

4.手術

拷問です。
まず手術椅子に仰向けになります。
顔面にカバーをつけられると、右目の上下まぶたを、強力なテープで固定されます。
そして「固定しますね〜」と予告されてやられるコレが、味わったことのない苦痛と恐怖を誘います。

スタンリー・キューブリック「時計じかけのオレンジ」(71年、ワーナー・ブラザーズ)
こわいよお!!!

器具は当然コレじゃないと思いますが、気分はコレです。

そしてじゅぶじゅぶと溢れるほど目薬を差されてからが、パニックとの戦いでした。
「まぶしいですよ〜」
と予告されて眼前に当てられる照明。

目の前が真っ白になると同時に、脳内が天上へと吸い込まれて逝く未体験ゾーン。
こじ開けられてどうにもならない目を、容赦なく攻撃してくる光。
まぶたを閉じたい。閉じられない。どこを見ればマシなのか。そんなのない。逃げ場がない。助けて。

いま思い出しても手汗がにじむほど怖いです。
この状態があと何分続くかもわからない。
苦し紛れに、頭の中で岡村ちゃんの「モン・シロ」を口づさみますが、負けてる負けてる。それどころじゃない。
いますぐにでも上半身を勢いよく起こして繁華街を駆け出して叫びたい。
こわい、こわい、こわい!!!

そして先生がメスを入れ、成功者ブログによく書かれている、
「眼球が押されている感覚」
がやってきます。
ぐい、ぐい、ぐい、ぐい、と無遠慮によく人の目玉をいじくりまわせますよね。
信じられない……。
ふつうに痛いです。
わたしは拳を握って「ぐっうううっ……」と先生に聞こえるようにひたすら呻いていました。
するとおそらく、レンズを挿入する瞬間でしょうか、一瞬、じわりと視界が真っ暗になるんです。

目をこじ開けられているはずなのに、眼前で真っ白な照明を焼き付けられているはずなのに。
実際には1,2秒のワンシーンが、「このまま真っ暗で、失明してしまったら……」という強烈な恐怖心に支配されたわたしの体感では、もっと、うーん、まあ……数分くらいといったところですかね……あんまり長くなかったや。すみません。

片目10分という触れ込みでしたが、もう時間の感覚はわかりません。
また左目も同じ恐怖とパニックに襲われながら、手術を終えました。

5.手術後

わたしが待合室に戻った頃、手術のために病院に到着した女性は、こう思ったでしょう。
「灰になったジョーがいる」
と。

目は半開きでうつろ、麻酔のせいか頭痛が続き、眼球を動かすたびに目と全身に鈍痛が走ります。
目がしみて痛いはずなのに、全然涙が出ない。
この痛みを流したいのに、なすすべはありません。
眼球をすぽんと取り出して水圧全開の水道水で洗ったら、どんなに気持ちいいか。
15〜30分後に「もういつでも帰宅していいですよ」とお許しがでますが、この状態で放り出されちゃうの!? 無情!!!

とはいえ長居するのもアレだし、「ありあとうほさいはした」と力なくお礼を言い、保護メガネをかけて地下鉄へ。
職務質問されそうな目つきと能面のような表情が、窓に反射しています。
スマホに目を落とそうと眼球の筋肉を少しでも動かすと、鈍痛。
吐き気はないけど吐きそう。

自宅に着いた頃には日は沈み、噂のハロー・グレア現象を目の当たりにしました。

帰宅後すぐに夫に説明するために描いた、この日の半月。

わたしの場合、月が万華鏡状態になっていました。

まだまだ鈍痛は続きますが、ようやく目が見えるようになった頃、わたしのスマホの検索履歴は、
<ICL手術 失敗>
<ICL手術 後悔>
<ICL手術 やるんじゃなかった>
というワードで埋め尽くされていました。

6.手術翌日

術後の興奮状態が続いていたことと、「寝ているときに目をこすってしまったらどうしよう……」という猛烈な不安により、一睡も出来ずに迎えた朝。
成功者ブログは綴ります。

「朝起きたとたん、こんなにはっきりと見えるなんて! 世界が変わった! やってよかった!」

わたしには単に、「あれ? コンタクトしたまま寝ちゃったかな?」としか思えませんでした。
騙された。やるんじゃなかった。
こんなに酷い目に遭うなら、別にハードコンタクトと眼鏡で一生を終えてもよかったじゃないか。

後悔に苛まされて陰をつくるわたしに、夫は「すっかり落ち込んじゃって……」と肩をぽんと叩きます。
この日、手術翌日検診で「うん、経過は順調ですね」と自信たっぷりに言う先生に、不満をぶちまけました。

・月が万華鏡になる。
 → 一ヶ月後にはマシになるし、慣れる(慣れる……? 治らない!?)
・眼球を動かすたびに、にぶい痛みが走る。
 → 2箇所切ったからね、そりゃまだ痛いよ(これはたしかに)
・夜中にトイレに行き明かりをつけたとたん、眩しさに目が開けられなくなる。
 → 改善されるよ(ほっ)
・自然光から蛍光灯に切り替わると、頭痛と吐き気が始まる。
 → それはなんだろう……?(なんだろう?)

そして最後に「いまは違和感だらけだと思うけど、今日よりも明日、明日よりも明後日、すっきりしていきますよ」と教えてくれましたが、このときのわたしはまったく信用できませんでした。
この時点では、まだまだ後悔が9:1で圧勝していましたから。

7.突然訪れた、成功者の証

髪の毛と顔が洗えないことに不快さを感じていた、手術3日後。
心地よく冷えた風が産毛を揺らす、晴れた夜でした。
23時すぎ、ふと「星、見えるかな」とベランダに立ってみたくなったのです。

東京の建売戸建て(借地権)3階南向きベランダから見えたのは、車輪がついたような規則正しい速さで、深紫色の空を同じ方向に走るグレーの雲。

「うわ」

それは、物心がついてからはじめて見た光景でした。
すべての色がくっきり見えます。
そして目を凝らすまでもなく、たぶん木星。
首を回すたびに、あそこにも、あ! あっちにも! と、ぽつりぽつりですが、入れ食い状態のフィーバータイム。
なんと赤い星まで見える!
赤い星があるなんて知らなかったし、炎のように揺れるなんてことも知らなかった。
いつのまにか数時間もベランダで過ごして初めて、ようやく「やってよかった」と思えるようになったのです。

8.いいこと、わるいこと

1週間も経たないうちに、痛みや光による見えづらさはなくなり、先生が言うところの「すっきり」を実感。
夜中に韓ドラ「ヴィンチェンツォ」(Netflix)を3話ぶっ続けて観た翌朝は目薬がしみて、目に良くないことをしているんだなと明らかにわかるので、控えるようになりました。
そして、日常生活に戻ったことで、いいこと・わるいことが明確にわかるようになりました。

<いいこと>
・朝の準備は洗顔だけで済む
・気にせず昼寝ができる
・コンタクトや眼鏡グッズで占めていた収納スペースがすっきりする
・まぶたに外陰部のようなヒダヒダができず、奥二重をキープ
・夜に力強い瞬きをしなくなる
・かゆみ、かすみがなくなる
・目を労りたくて、ベッドの中でのToon Blastをやらなくなる

一方でわるいことは、予想外の弊害。
わたしの長年の趣味というか癖に関わることでした。

<わるいこと>
・鼻の角栓をピンセットで抜けなくなる
  ※閲覧注意

・脇毛を毛抜で抜けなくなる
・光がぼやけてしまい、映画館で映画が観ずらい

たった3つですが、上記2つができなくなるなんて予想もしていませんでした。
いつも角栓は、鏡から1cmくらいの距離まで顔を近づけて、愛用ピンセットで、する〜〜っと抜いては癖を満たしていましたが、鏡に顔を近づけるとまったくピントが合わない。
そして脇毛は、首を捻って至近距離で脇毛を捉えては1本1本抜くことが至福でしたが、同じくピントが合わない。

【視力2.0の方へ】
教えてください!
どうやって角栓&脇毛を抜いていますか!?
わたしはもう、3週間、抜けていません。
このままじゃ禁断症状がおきてしまいます。
誰か助けてください!!!

9.おわりに

成功者ブログは書けません。
もう二度とやりたくない手術だし、手放しで人に勧めたくありません。
人生のほとんどコンタクト生活しているわたしにとって、いまの状態は「快適すぎるコンタクトを四六時中つけている状態」であり、決して裸眼だとは思えないからです。
ほんとうの感動と、「やってよかった!」と自信を持って成功者ヅラできる日はきっと、念願の与論島に行ったときにやってくるのでしょう。



それまでは2.0キープすべく、ベッドの中でToon Blastをやりたくてうずうずしてしまっても、こらえて、ベランダに立とうっと。

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