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80歳母と50歳娘が初めてのバレエを観た話

3ヶ月ぐらい前だったか、「あさイチ」プレミアムトークで熊川哲也さんが言っていたことに興味を持ち、ふと「バレエ観に行ってみようかな」となった。

3ヶ月後のKバレエトーキョー「くるみ割り人形」のチケットが三階席ながらまだあったので、取り急ぎ取った。

熊川さんは、「台詞のないバレエは観る側の感性も問われる総合芸術」ということを語っていた。また、「日本人はもっと感情を出して」ということも。

当時私は職場の人間関係で、自分が我慢し続けることに対して悩んでおり、その言葉に共感を覚え、勢いで取ってしまった。熊川さんが、バレエの普及のために子どものチケット代は無料にするなどの姿勢にも共感した。

さて、2枚取ったはいいが、誰と行くか。

実家の80歳の母にお誘いのラインをした。

フィギュアスケート好きの母からの返事を待つ間、断られたら、他に1万3000円出してバレエに行ってくれる人がいるだろうかと、勢いで取ってしまったことを後悔した。母から返事が来た。

「行く!」

それから3ヶ月、12月のKバレエ「くるみ割り人形」を観に行くことが、心折れることが多い私の日常においての心の支えとなった。私はいわゆる「推し活」をしていないので、先の楽しみを持つことの効用を体感した思いだった。80歳母からは「健康管理に気を付ける毎日です」とメッセージが来た。

バレエに縁の無い私は「くるみ割り人形」が何かも知らない。ストーリーぐらいは知っておこうかと動画を探していたら、マリインスキー劇場版があり、バランスボードに乗って洗濯を畳みながら観た。

https://youtu.be/xtLoaMfinbU?si=wNcMlovcqxDZh8cn

本場ロシアのバレエダンサーたちの舞台はもう素晴らしく、ストーリーを知ることができたのは良かったけど、先にこんな本場のレベルの高いものを観てしまったことを少し後悔もした。

渋谷のオーチャードホール。私はたまに渋谷に行くが、コロナ明けでものすごい人出。手術を終えたばかりの80歳女子に新宿駅で乗り換えて山手線に乗り、ハチ公前に来てもらうのはちょっとはばかられたので、井の頭線の神泉駅に来てもらうことにした。

秋晴れの当日、私は道玄坂を急いだ。10時代の渋谷は、呑み疲れたような若者があちこちに居たけど、意外と空いていた。人混みで嫌う人は多いけど、私は渋谷の街が好きだ。

ちょっとしたクリスマスプレゼントを開店したてのロフトで買って、化粧ポーチを忘れたのでローソンでリップを買って、ちょっと遅れて神泉駅に着いたら、母が駅員さんに話しかけていた(母はいつも誰かに話しかけている)。

お昼を食べる・食べないの認識が行き違っていて、母が買ってきてくれたアンパンを食べてタリーズでお茶した。

渋谷文化村はオーチャードホールを除いて全て改装のため閉館中だ。ちょっと閑散とした中をくぐってホールに入ると熱気であふれていた。

母80歳、私50歳。初バレエの2人。3階席に上がり、記念撮影しようとしたら「お客様!」と止められた。劇場内撮影禁止も知らない、老いた母娘。

「Nutcracker」の文字が緞帳に浮かび上がる中、前奏が始まった。生演奏だ。母は奇麗で美しいものが大好き、だけど生演奏は久しぶりだろう(私もだが)。

母が何を考えながら観ているのか知る由もないけれど、隣の母は身じろぎもせず舞台を見つめていた。

母と私は家族のことで先の見えない問題を抱えている。私は家を離れたけど、母は…。ふがいない私は、何もできない。

いつか、私は母とバレエを観に行ったこの日のことを思い出すんだろう。そう思ったら、ちょっと涙が出てきた。

素晴らしい舞台美術の中、鍛え上げたバレエダンサーたちが空間をいっぱいに使って踊っている。細い、軽い、若い、美しい、自分にはない全てがそこにあった。

ロシアの本場の舞台を先に観てしまった後悔などどこかに飛んでいた。皆、手足が長いし、むしろキレキレ。

ダンサーのドン、トン、と着地する音に臨場感。

劇団四季や宝塚などは観たことがあったけど、より肉体の表現に純化している感じがあって、私は「こっちのが好きだ」と思った。

特に第一部のラスト、雪の中での群舞には圧倒された。母も「きれいねえ!」と驚いていた。

25分の休憩、ずっとあの感動を話し合ってればよかったと後悔した(私はトイレの心配性なので、必ず席を立ってしまう)。

後半も各国の踊りから金平糖の精と王子のペアの踊り、フィナーレまで圧倒された。「くるみ割り人形」はきっと他の題目より明るいテイストなんだろう。夢の世界の話で、突き抜けててなんだかよかった。

帰り、神泉から下北沢に出て、イケメン若い男子が一人で『The Catcher In the Rye』を読むような(ホントに読んでた!)ビアバーで喋ってから分かれたが、檀上の光景が残像として残ってて、なんだかフワフワしていた。お互いに感想を言語化するのが追い付かず、とりあえず別のことを喋っている感じだった。

小田急線の若い人よ、母に席を譲ってちょうだいね。と心で願いながら別れた。

素晴らしい舞台、めくるめくバレエの世界、「くるみ割り人形」、Kバレエ、熊川哲也さんに感謝しかない。


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