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小説【僕はもう一度キスをした。】1

1 僕は、許されるでしょうか…。

 青空が夕焼けに覆われた真冬の夕方、部屋のチャイムが鳴った。
 チャイムを鳴らした人物に心当たりがあった僕は覗き穴を見ずそのままドアを開けた。案の定、長めの白いコ-トを着た真由が「こんばんは」と小さな笑顔を作り立っていた。
 やっぱり…。
 心の中で呟き「何考えてんだよ」と叱りたい気持ちをぐっと堪え言った。
「病院から抜け出して来たの?」
「…うん。でもやっぱり、迷惑だったよね」
 軽く口の端を持ち上げ、すまなそうな顔をしながら「じゃ帰るね…」と呟いた。このまま何も言わず帰らせた方が良いと思いつつ「ココアで良いなら入れるよ」と言っていた。
「え?」
「どうぞ…」
 玄関のドアを大きく開け招き入れた。真由をリビングに通しながらコ-トの袖が変色している事に気づき、僕は少し考え言った。
「腕見せて?」
「何で?」と怪訝そうな顔をする真由。
「止血しないと。点滴の針、無理矢理抜いたんだろ?」
「無理矢理じゃないよ。針が刺さってる方向にちゃんと抜いたよ」
「どっちにしろちゃんと止血しないとバイ菌が入るだろ。まぁ自然に固まれば良いけど、そうでもないって自分で分かってるんだろ?」
「うん…」
「じゃコート脱いでソファーに座ってて」
「うん…」
 僕は薬箱を持ち戻って来ると、真由はコートを脱ぎソファーに座っていた。着ていた水色のYシャツの袖は赤く染まり未だに出血していた。僕はゆっくり袖をめくった。真由のやせ細った注射針の痕ばかりが残る腕を見慣れてるはずなのに何故か痛々しくて、真由に気づかれないようにしかめながら腕に触れた。
 冷たい…。
 僕は薄めた消毒液をガーゼに浸し刺し傷を消毒し始めると「イターイ」と真由は叫ぶ。僕はそんなことおかまいなしに続けた。
「家、良く分かったね。病院からここまで何で来たの?」
「バスに乗って…。探したよ家…」
「怪しまれなかったの?」
「たぶん…」
 真由は黙り出し、僕はガーゼを貼りちょっと不機嫌気味に「終わったよ」と言った。
「ありがとう…」
 真由は意地を張る事が多いが根は素直だ。
 両親に長い間高額な入院費を払わせ迷惑をかけ続けているといつも負い目を感じていた。
「謝ることじゃないよ」
「うん…」
「しっかし、来たって病院と同じだろ…。消毒臭いし…」
「同じじゃないよ。笑顔だし…」
「まるで俺がいつも怒ってるように言うんだな」
「違うの?」
「おい!」
 真由は邪気の無い笑顔を見せる。僕はキッチンでミルク多めのココアを二つ入れリビングに戻った。
「はい」
「ありがとう…」と両手でカップを受け取り冷えた手を暖めながら言った。
「部屋の中、意外と綺麗だね…。狭いけど」
「うるさい…」
 ニヤっと笑い、フーフーと形の良い小さな唇で湯気のたつカップに息を吹きかけ一口飲んだ。
「甘ーい…」
 その笑顔を見て急に僕の胸の辺りが痛んだ。
「疲れてる時は糖分取った方がいいと思ってさ…」
 と僕は真面目に言ったつもりなのに真由はクスッと笑った。
「何だよ…」
「…あの時もそんなこと言ってなかったっけ?」
「いつ?」
「初めて先生に会った頃…」

≪続く≫




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