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ぼくら、ただ、好きってことだけで、今ここにいます。

線一本思うように引けなかった あの頃の方が
楽しかったような気がする

『ギャグマンガ家めざし日和』最終幕より

月刊少年ジャンプ愛読者だった人々にはお馴染みの『ギャグマンガ日和』の作者・増田こうすけ氏のエッセイ漫画『ギャグマンガ家めざし日和』を読んだ。

作中に表紙と同じシーンが出てくるが、これが結構泣ける演出だったりする。

作者の持ち味であるシュールさと哀愁がふんだんに盛り込まれた、おかしみに溢れたテイスト。不覚にも少し泣きそうになりながら、時々吹き出して、時々大声で笑って、1ページ1ページを愛おしむように堪能した。

昔からこの作者のセンスに弱い。確実に笑ってしまう。元作品を知らないで読んでも、ハマる人にはハマると思う。淡々とした語りとゆるいテンポで漫画家になるまでの紆余曲折を描いているのだけれど、エッセイにありがちな人生訓や押し付けがましいものは何もなく。『好きなもの』『自分のやりたいこと』への情熱が少しずつ花開いていく、とてつもなくピュアで、愛くるしい心理描写の変遷に、思わず涙してしまう人がいても不思議ではない。

平日の昼間に
ひまをもてあまし
庭のビワをもいで
食べる22歳

それがオレの現実だ

『ギャグマンガ家めざし日和』第11幕より

モノローグが染み渡る。孤独と不安と夢の中にいた時代を、思わず唸るほどの魅力で描いた至高の一冊。

増田先生、詩集とか出してもいいんじゃないかな。言葉巧みなんだよな。



「ひょっとしたら」
「なんとかなるんじゃないか?」

みたいに思える瞬間、淡い期待のようなものが芽生える瞬間は、自分には訪れなかった。

屋号を持った演奏家といっても、コンテストや賞レースで結果を残したり、華々しくバンドでデビューをしたわけでもない。クラシックの楽器奏者ならコンクールがある。お笑い芸人ならM-1グランプリやキングオブコントだろう。作家なら大型コンペに通る、タイアップを獲得するなど。漫画家なら、昨今ではSNSをきっかけにデビューする人も少なくないとはいえ、有名誌での連載獲得がわかりやすい例だろう。

演奏しに行く会場の規模が1000人になっても10000人になっても海外になっても「よし、これで安泰だ」「なんとかなるぞ」と思えたことはないし、この先もないんじゃないかと思う。

何より『この瞬間からプロミュージシャンですよ』という転換点を認識せずに、今日を迎えてしまっている。そも、そんなものは無かったと思う。

けれど一つ一つ、色濃く覚えていることは確かにあって。
それは例えば(下世話な話になるけれど)はじめて請求書を書いた日のことだったりする。はじめて演奏でお金をもらった日のことも覚えている。まだ高校一年生の、本当に本当に拙くて青臭い演奏だったかも知れないけれど「ありがとう」という言葉と共に5,000円をもらった。

「すげぇ」と思った。ドラムを叩いてお金がもらえた。感謝までされた。

はじめてのツアー仕事は、ブルースギタリスト・Chris Duarteの来日公演。各地を演奏して回った。Chrisはキャリアがほぼ皆無の世間知らずの若造に対してもすごく優しく親切にしてくれて「昔の自分を見てるみたいだ」なんて言ってくれた。
「ブルースなんてまともに叩けないよ」と泣き言をもらしても「自分の思うようにやっていいんだ」と励ましてくれた。ツアーが終わってまとまったギャラをもらった時には「色んなものをいっぱい貰ったな」としみじみ思った。

一方。

封筒の中を覗いて「このツアーだけじゃ暮らしていけないな」とも。

1現場だけでもこんなに息絶え絶えでヒィヒィ言ってるのに、何本も何本も掛け持ちをしてそれでようやく食べていけるスタートラインなんだ、という現実に戦慄してたと思う。それらを維持し続けなくてはならない、ということにも。

「こんなんでやっていけるんかなぁ」

「なんか」
「途中で疲れちゃいそう」

実際、途中で疲れもしたし「僕はこの仕事に向いてない」と何度も思った。今でこそ、その煩悶も必要な時間だった、と思えるけれど。それでいてなお、この先も「向いてない」「もう辞めちゃおうかなぁ」なんて考える日が、きっとまた来る。
フリーの演奏家は孤独との戦いだなぁ。孤独をどれだけ愛せるか、かも知れないな。

でもこの日々が、どうしようもなく愛しい。
心や身体の疲れを、好きの熱量が溶かしてくれる。内燃機関に焚べる薪は、関わる人々の笑顔や、喜びの声。

自論で恐縮なのだけれど、音楽(=好きなこと)は『生きる目的そのもの』であり『人生の喜び』であることが大前提で、『暮らしていく/生計を成り立たせるための手段』にした途端に辛くなるのだと思う。
「今月あと何本仕事が入ってないとヤバい」とか、そういった思考に陥るのは危険信号かも知れない。楽しむ回路にエラーが出ている。好きなことだからといって無理してまで仕事として成立させないといけない、とは思わない。しがみついていた時期もあったから、今だからこそ思えることだけれど。

町のスタジオで予約を取って練習することだって大事件だったはずなんだ。観に来てくれたお客さんがたった一人だとしても、自分が音楽をやっていなかったら絶対に交わるはずのなかった人だ。一緒にステージに上がる人たちや、会場の人だってそう。
運命や奇跡なんて言葉じゃ到底辿り着けない導きの最果てにいる。それって集客や規模で比べたり語ったりできるほど容易いことじゃないはずだ。

だから、自らの意思で舞台に立つことを選んだ人たちを、無条件に尊敬する。

”普通”に生きていたら大学に通って、就職して、家庭を持って、家や車を買っていたんだろうか。生憎、生まれ落ちた場所が”普通”からかけ離れているので、どうあがいてもそのルートには辿り着けなかったとは思うが。
何よりそれは自分自身の望みとは異なる幸せなので、いずれにせよ自分は選んでいなかった人生だ。
「どうしてこうなった」と「こんなはずじゃなかった」の連続を経て、それでも。縁あって、幸運の導きで、僕にしか観られない景色をたくさん観ることができた。
以来。ずっとずっと、夢のつづきにいる。

「これでよかった」と思う。

本当に。
これで、よかった。

どれほど掛け替えのないものたちによって自分が生かされているのか、そのありがたさ、頼もしさや温かさに、支えられているか。安定も安泰も到底あり得ないことだけれど「感謝だけは忘れないでいよう」と思う。これまでの日々、これからのこと、一つ一つに。

その気持ちを肌身で学んだ日々があったから、自分にとっての『やってみたいこと』『なってみたい姿』が、『生きていく目的』『やりたいこと』へ、確かな変容を遂げたんだ。

先の見えない不安や焦燥を、思い出が溶かしてくれる臨界点が訪れる。続けていることで、いつか。必ず、その日が来る。

そういえば、賃貸審査に通ったのも嬉しかった出来事だ。

またひとつ、キャリアと仕事に自信と誇りが持てた。
苦労が報われた瞬間、と言ってもいいかも知れない。

僕の場合は”演奏家”であってアーティストやバンドマン、アイドルとは別軸の職業柄、時間に追われる焦りがあまりないというのがあるのかも知れない。

辞める人を、たくさん見送ってきた。

しがみついてでも続けたかっただろうに、怪我や病気といった、どうにもしようがない理由で辞めざるを得ない人も。

個人的には、疲れたりしんどくなって辞めるだけなら、いつでも戻って来られるから。それでいいと思ってる。何が好きで、何が楽しくて続けていたのかがわからなくなって、気が付くと息切れしてた、なんてパターンもある。人間関係に苦しむことも。貧窮にあえぐことも。新たな楽しさを別の世界に見出すこともあるだろう。

『やりたい』『楽しい』が『しんどい』や『疲れた』を上回っているうちは、無理のないペースで続けて欲しいけれど。
『仕事』という枠組みを抜きにして考えた時に、大好きだったはずのこと、好きで好きでたまらなかったはずの大切なものが、苦しくてどうしようもなくなっている、なんて悲しいことにだけはならないで欲しい。

”夢のない時代”かも知れない。娯楽は経済が回っていて初めて成り立つものだから、不況の時代に萎んでいくのは自明の理。別の仕事に就いていることを公言している人も少なくない。

けれど。

なんだってよくない?

本当に大切なのは、当人の気持ち。
その人が楽しければ。その人を好きな人も一緒に楽しければ。幸せなら。それがどんな形であれ、いつまで続くのかわからなくても。

僕は「あなたにドラムを叩いて欲しい」という人が一人でも居る限り、ずっとずっと続けたいな。

誰か一人、ただ一人居てくれたら、最期まで魔法は解けない。きっと。


なれるわけないから
意識してこなかっただけで
あの頃も あの頃も あの頃も

ずっとマンガ家になりたかったよ

『ギャグマンガ家めざし日和』第14幕より

ずっと笑顔を届けてくれた漫画家・増田こうすけ氏に敬意を表して。


読んでくれてありがとう。


蛇足

最近noteを書くたびに友人から感想LINEが届く。読者から貰う感想のDMやメールも増えてきて、すこしだけ狼狽する。ありがとう。

「ステージでドラムを叩いている時」以外の僕がふんだんに見られる場所、なのかも知れない。たぶん。楽しんでもらえていれば幸い。

昨日は仕事帰りに、閉店間際のサミットで半額のお惣菜とスプライトを買いました。ジョグパンツとサンダルで、首元がゆるくなった部屋着のまま。ふだんの僕はそんな感じ。

あ、そういえば。
感想と共に「独特な文体は何から影響を受けたんですか?」という質問をもらったので、回答してみる。

一番は、初代PSの名作ゲーム
『聖剣伝説 Legend of Mana』です。

色んな小説、漫画やノベルゲームから幅広く影響を受けてきたけれど『文字を書く』という行為の原典、僕のテキストのセンスほぼ全てが、ここから来ています。

何十年経っても色褪せない、息を呑む名言の宝庫なので、興味が沸いた人は是非遊んでみてくださいな。

ではまた。読んでくれてありがとう。

お代はラヴで結構。

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