見出し画像

ドーピング問題を知る 書籍紹介#2 「シークレットレース」ダニエル・コイル

最近の論文レビューでグランツール関連のものをご紹介させてもらいました。

#22の記事でご紹介した論文が1998年に発表されたものであること、その当時はツールドフランスでドーピングスキャンダルが盛んに報じられていたこともあって、論文の検証に参加していた「ワールドクラス」の選手たち、大丈夫かな?

と、少し心配していることを記事#22の最後に触れました。

ドーピング問題は触れにくい内容ではありますが、実際に行われていたことも事実で、やはり見て見ぬふりは良くないなと思っている中で手にとったのがこちらの本でした。




タイラー・ハミルトン選手

この本はダニエル・コイルという作家さんがタイラー・ハミルトン選手に行った複数年のインタビューをもとに作成されたものです。

タイラー・ハミルトン選手は1990年代中盤からプロロードレーサーとなって、USポスタルというチームでランス・アームストロングのアシストを務めたり、その後ツールドフランスでステージ優勝も飾った選手。

アテネオリンピックのタイムトライアルでも優勝していましたが、ドーピング発覚後に金メダルを返上しています。

彼がドーピングを行っていたことはこの書籍で詳細に描かれていますが、2009年にもドーピング陽性となってそのまま引退。

この書籍は、引退後に行われたインタビューを元に物語が構成されています。

タイラー選手の選手生活を振り返った自伝であり、またドーピング問題への後悔もつづられています。編集者のダニエル・コイルさんの中立的な表現が本書を読みやすくしてくれています。

ハミルトン選手が承諾した、取材に際しての三原則
1. どのようなテーマでも、タブーにしない。
2. 日記や写真も含め、あらゆる情報源を提供する。
3. 可能な限り、事実は第三者によって確認する。


個人の問題では片づけられないドーピング

この本ではタイラー選手自身のドーピングにまつわるエピソードが語られる訳ですが、決して彼一人が悪かったわけではないことが伺えます。

チーム関係者、ドクター、他の選手、色々な方が関係していたようです。

果たしてタイラー選手と同じ状況に私たち自身が置かれたとき、適切に対処しきれるのだろうか?

と考えさせられます。

「真実はあまりにも大きく、あまりにも多くの人を巻き込んでしまう。すべてを話すか、まったくの無実だとシラを切るか、どちらかしかなかった。」 タイラー・ハミルトン


外から見るドーピング、内から見るドーピング

割合私たち日本人にとって、ドーピング問題は遠い存在に感じることも多いと思います。

そんな私たちがドーピングについて考えるためには、実際どのようにドーピングが行われているのか?を知ることが必要になってきます。

ドーピングを行ってしまった当事者たちの話は、私たちに重要な示唆を与えてくれます。

「人々には真実を知る権利がある。世界は、実際に起きていたことを知らなくてはならない。人は真実を知ることで、初めてそれについて何かを語れるようになるのだから」 タイラー・ハミルトン


ドーピングはなぜいけないの?を未来の担い手に伝えるには

もしも子供たちに質問されたとします。

「なぜドーピングはやっちゃいけないの?」

もちろん私たちはスポーツマンシップに反する行為であり、アンチドーピング機構によって禁止されていることなど、様々な理由によってドーピングが禁止されていることを伝えることはできます。

しかしドーピングの歴史をさかのぼると、その当時は禁止物質になっていないけれども体に大きな変化を起こす薬物を求める選手や関係者がいたことも事実でしょう。

禁止物質だからダメという言い方では、聡い子は納得できないかもしれません。

一方でコーヒーや紅茶に含まれるカフェインは2004年までは禁止物質でしたが、その後監視対象の物質ではあるもののドーピング物質からは外れています。

カフェインに限らず、禁止物質から外れた途端に大人がその物質を使い始めたら、子供にとっては何が何だか分かりません。

え?ドーピングはダメじゃなかったの?と。

突き詰めていくと何がドーピングで何がドーピングではないのか、その境界線は誰が見ても明らかなものではなく、あいまいにならざるを得ないのかもしれません。

そうなると、「なぜドーピングをやっちゃいけないの?」に対する答えにもあいまいさが含まれることになります。

だからこそ未来のスポーツ界の担い手には、自分自身で境界線を定める知識が必要です。

何が是で、何が非なのか。

みんながやっていることならやっていいのか?そんな訳はありません。

勝つためなら仕方ない?そんな論理がまかり通っていいはずがありません。

子供たちの倫理観を養う上でも、少し難しい内容ではありますが、この書籍を読むことを勧めたいと感じます。

「ドーピングをどうしたらなくせるかということに労力を投じられるようにするために、僕の物語を話したい」 タイラー・ハミルトン


是非皆さまも、読んでみてください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?