#48 痛み耐性が上がればパフォーマンスは上がる
最近の記事では生理学的な内容をたくさん扱ってきましたが、久しぶりにメンタル系の論文をご紹介しようと思います。
過去の記事で、高強度のパワーをどれだけ維持できるかは体の限界ではなくメンタルの限界が決めているのではという論文をご紹介しました。
こちらの論文ではナロキソンという薬物によって、不快感や疲労感を和らげる体の作用を阻害することで、
・同じパワー出力でも主観的疲労度(RPE)が上がる(=疲労感が高まる)
・その結果パワー発揮の持続時間が短くなる
ということから、体の限界ではなく主観的な辛さが上限に達して脚を止めた、つまり体ではなくメンタルが脚を止めたという考察がなされていました。
実際にMLSS(最大乳酸定常状態)強度、おおよそ1時間維持できる強度で脚が止まったときの酸素摂取量や血中乳酸値などは、限界には達していないことが検証されています。(下の記事)
体の上限には達しておらず、メンタルでストップがかかるとすれば、
ヒルクライムやタイムトライアル(もちろんレースでも)などで上限ギリギリのパワーを長く維持させるためには、メンタルの向上も必要だ!
という考えのもと、今回の記事では「痛み耐性」という部分にフォーカスを当てて検証を行った論文をご紹介します。
後半になるほど迫ってくる脚の痛みに少しでも抗うメンタルは、高強度のトレーニングで向上できるのではという結果になっています。
是非、読み進めてみてくださいね。
辛い運動時に感じる筋の痛み
今回の論文では運動の時間や強度を高めていった場合に、筋の痛みという感覚が発生することは避けられず、
痛み耐性を高めることがパフォーマンスを高めるために大事なことだという前置きから始まります。
アスリートは筋の痛みに対する耐性が高く(=メンタルの限界が高く)、そのため体の限界に近い能力を発揮できるのだろうということを先行研究の事例と絡めながら述べられています。
そして従来より提唱されている仮説「筋に痛みを感じるような強度で繰り返しトレーニングを重ねることで、痛み耐性は上がるのではないか」ということを検証してみよう、ということがこの論文の目的の一つになっています。
検証方法
この検証には20~30代の健康な成人男女20名が参加しています。
参加者は、
①高強度(FTPよりやや高い)でのインターバルトレーニング
②エンデュランスゾーン(LT1以下)のゾーンでのトレーニング
のどちらかのグループにランダムに振り分けられ、週に3回、6週間トレーニングを実施しています。
トレーニングの内容は、
①高強度インターバルトレーニンググループ
・LT1+(LT1+VO2max)×50%パワーという規定
・これはFTPよりやや高く、30分前後キープできる強度。VO2maxゾーンよりは低めです。
5分間指定された強度をキープし、1分休憩で1セット。セット数は徐々に増やし、4週目以降は8セット実施。
②エンデュランスゾーングループ
90%LT1(エンデュランスゾーン)パワーの一定強度。トレーニング時間は①のグループと仕事量(キロジュール)を合わせて実施。
記載はありませんでしたが、4週目以降はおおよそ80分前後のトレーニングかと思います。
検証項目は以下のようなものです。
◆一定パワーを何分間漕げるか
高強度インターバルトレーニングと同じパワーを何分間維持できるかのテスト。トレーニング処方後(ポストテスト)では強度が再調整され実施しています。
◆痛み耐性テスト
上腕に200mmHgの加圧を行って、握力計を全力の30%の強さで4秒間保持し4秒間休憩。どれくらいの時間反復できるかを測定。
※加圧トレーニングでも100mmHgほどの加圧のようです。血圧計で締め付けられる上限の強さが180mmHg前後。200mmHgはかなり加圧されていますね。全力の30%の力発揮でも、かなり痛みがあるはずです。
ちなみに、感じている痛みの度合(痛みスケール:0~10)についても調査されていますが、トレーニング前後で痛みの感じ方に違いは見られなかったということです。
つまり、加圧条件で筋の痛みを誘発された時に感じる痛み度合はトレーニング処方前後で変わらないため、繰り返せる時間が長くなったということは、それだけ痛みに耐えられるようになった(=痛み耐性が上がった)という解釈です。
高強度インターバルトレーニングと低強度のトレーニング前後で、それぞれどのような変化があったのでしょうか?
高強度トレーニンググループで痛み耐性の向上あり
2つのグループともにVO2maxや乳酸閾値の向上が見られ、その向上幅はグループ間に統計的な差は見られませんでした。
このことから体力面の向上は同等であり、一定パワーを維持できる時間と痛み耐性テストにグループ間で差があれば、それは体力的な要因ではなく痛み耐性の変化が影響していると捉え、結果を見ていきましょう。
◆一定パワーを何分間漕げるか
高強度トレーニンググループ:26分→35分
低強度トレーニンググループ:25分→21分(※統計的には変化なし)
※設定強度はトレーニング前後で調整されています。
◆痛み耐性テスト
高強度トレーニンググループ:250秒→350秒
低強度トレーニンググループ:240秒→240秒
2つの測定について低強度グループでは変化が見られなかったものの、高強度グループでは一定パワーを維持できた時間が増え、かつ痛み耐性時間も上がっている結果となりました。
この二つの測定の関係を図で表すと、以下のようになります。
相関係数が0.51とそこまで大きな数字ではありませんが、痛み耐性(横軸)が高まるほど、漕げた時間(縦軸)も増えるという関係性が伺えます。
この結果から、以下のことが結論として導かれています。
痛み耐性が上がれば、パフォーマンスは高まる
高強度帯のトレーニングは痛み耐性を向上させる
おわりに
今回の検証では痛み耐性の評価は上腕での測定でした。
トレーニング介入前後で上腕には特に何のトレーニングも行っていませんので、上腕のフィジカル的な変化はないと考えられますが、
高強度インターバルトレーニング後に上腕でのテスト結果(痛み耐性テスト)が向上したというのが大変面白い結果だなあと感じました。
今回の論文では高強度インターバルトレーニングの強度はFTPより少し上、VO2maxゾーンよりは少し下の強度と思われます。
この強度帯では脚の辛さを感じますね。
こういったトレーニング負荷がフィジカルだけではなく痛み耐性も向上させているというのは、私としてはかなりうなずける結果でした。
そしてVO2maxゾーンでのインターバルだとより痛み耐性は向上するのかな?とも感じます。
フィジカルとメンタルを両方高めて、目標とする大会でベストの結果を出せるように頑張っていきたいですね。
今回はパフォーマンスの向上を生理学的な視点(VO2maxや乳酸閾値)ではなくて痛み耐性という視点で検証した、興味深い論文をご紹介しました。
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併せて読んでもらいたい論文
ご紹介した論文
O’Leary, T. J., Collett, J., Howells, K., & Morris, M. G. (2017). High but not moderate-intensity endurance training increases pain tolerance: a randomised trial. European Journal of Applied Physiology, 117(11), 2201–2210. https://doi.org/10.1007/s00421-017-3708-8
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