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夫のこと

私にとって「やさしい」と言えば夫だ。

夫は出会った時からずっとやさしい。
もちろん、怒ったりイライラしてる時だってあるけど、結婚して13年経つ今でも、やさしいなぁと思うし、そのやさしさに驚いたりもする。

夏に電車に乗ると、けっこうなボリュームの、大きな羽や、たくましい脚を持つ虫も一緒に乗ることになる。
手の届かない壁にとまっていてくれるなら、
「あの虫、どこの駅まで行くのかなー」なんて言えるほど余裕があるけど、移動し始めてしまうと目が離せない。
虫に触れるのが苦手な私が「こっちに来ないでー!」と願っても、そんなのはちっとも通用しない。
虫が向かう先の人々は大抵「きゃあ」とか「やだ!」とか言いながら避けたり、手で払い、とにかく自分とは別の場所に移動させている。
目が離せないのは私だけではない様子だ。
行く先々でザワザワしていた。

そしてとうとう、こっちに向かって飛んできた!と思ったら夫の服にとまった。

私の感覚では「虫が服につく→払う」は一連の動作だったため、夫に付いた虫を払おうと試みたが失敗した。
すると夫は
「いいよ、このままで。払ったらまた飛ぶし、ここでおとなしくしてるならいいよ。」
と言うのだった。

夫は全然虫好きではない。家に虫が入ってこないように気をつけているし、入ってきたら確実に外に出すし、直接触ったりしない。

この場を考えれば、どこかに止まっていてくれる方が、確かに全員ホッとするけど、あなたはいいの??嫌じゃないの??

私たちの目的の駅に着いた時、夫は虫と一緒に降りて、外でそっと払っていた。
やさしいなぁと思いつつ、そんな方法の周りへの配慮を考えた事もなかった私には驚きの出来事だった。

虫といえば、こんな事もあった。

昔、一緒に暮らす部屋に引っ越してきた時のこと。
そのアパートは、中はリフォームしてあるものの築年数は古く、〇〇荘という名前だった。
部屋に入るために歩く小道は砂利道で、建物の裏側はボウボウに雑草が生え、横には今でも現役の井戸があるため夏になると、成人男性の拳くらいはあるヒキガエルが、全然長くない道のりに3びきも出てくるような所だった。

その一階の部屋に入居した日、私は嫌な所を見つけてしまった。
それはキッチンのシンク下の戸棚の中だ。
もちろんシンクや戸棚自体は新しい物だけど、問題は戸棚の中に通っているホースとのつなぎ目だ。
一応丸い蓋のようなものが付いているけど、それはもう本当に一応あるというだけで、何も防いではくれなそうで、もし大きめの虫が入ろうとすれば簡単にどいてくれそうな軽さだ。
キッチンに虫の出入り口があるなんて絶対にいやだ。私は粘着テープを取り出して、ホースの周りをガッチリと固めた。
虫が入ってくるのを想像してしまったせいか、小さな虫が入る隙間もないくらいテープを貼ったにも関わらず、私はまだなんだか安心できずに夫に話した。
「虫、大丈夫かな、入ってこれちゃうかな。」

すると夫はこう言った。
「うーん、そしたら僕、話し合うよ」

私の思考が一旦止まった。
話し合う? って、誰と? え、虫と⁈

冗談だと気づいてすぐ笑い出したけど、なんだか急に虫が怖いものではない気がしてきた。

話し合ってくれるならいっか。
そう思えた。
虫と話し合っている夫を想像したら、虫の事までちょっと良く思えてしまったし、なんだかやさしさも感じたのだった。

日々生活している中でもやさしいと感じることはたくさんある。

びっくりする事が苦手な私を驚かさないように、急に大きな声で呼ばないとか、
イヤホンで何かを聴きながら家事をしている私の前に急に現れないようにゆっくり部屋を移動してくれていたり

日常的な小さな事にも「ありがとう」と言ってくれたり(私が驚いたのは「おふとん敷いてくれてありがとう」しかも私が敷いたのはこどもの布団だ)

私が、お笑いは好きだけどホラーが苦手だと知っている夫は、芸人さんのトーク番組だけど怖い話が含まれていそうなものを一人で観て、再度私と一緒に観た時には、私が苦手そうな所まで進むと「ここは怖かったから」と言って安全なところまでとばしてくれたりする。

どれも私には思いつかなかったタイプのやさしさで、ありがとうと思いつつ、こんなやさしさあるんだなと少し笑ってしまう。

つい先日、こどもとドラえもんの話をしていた時。

息子が、
「ぼくはひみつ道具の中で選べるなら『もしもボックス』がほしいな、なんでも自分の思い通りになるし。」
と言うと夫が、
「詳しく知らないけど、どんな道具だっけ?」
と聞いてきた。

もしも〇〇だったらと願うと、世界がそうなっている、そういう道具だよ、と説明すると夫は、


「なるほど、じゃあ『みんなが挨拶する世界』とか?」と言った。


私は頭の中に、ディズニー映画「美女と野獣」の始めのシーンのように、たくさんのすれ違う人々や家々の窓から「おはよう!」「ごきげんいかが?」と声をかけてくる世界を想像した。
おもしろいこと考えるなぁ、なんて思いながら、
「そうそう、そう言う事。」と返事していた。



……やや間があいて、娘が

「やさしっ!優しすぎない⁈」と笑い始めた。
「あいさつ?挨拶する世界がいいの?優しっ!」

そして私もハッとした。
「本当だね!!ものすごくお金が手に入るとか、欲に走る訳でもなく、嫌いな人みんないなくなればいいとか、全員自分の命令を聞くとかでもなく、あいさつ⁈」

娘は「あいさつ!優しすぎる!」と笑い続けている。


夫はなんだか恥ずかしそうに笑いながら、

「え、だって、いいじゃん、みんなが挨拶する世界。」と言っていた。

なんてかわいいんだ。

私も大笑いしながら、「こんなお父さんで良かったね」と子供たちに言った。



どんな人が好き?と聞かれたとき
「優しい人」「一緒にいておもしろい人」
なんて答えていたけど、さらに驚きまでプラスされているなんて私は幸せ者だ。

私は夫のやさしさが、毎日の楽しみなのである。


#やさしさにふれて
#やさしさに救われて

サポートをしたいと思うくらい楽しんでもらえたと自信になります。 読んでくれてありがとうございました!