滅ぼす(M.ウエルベック)、あるいは全てを後景に追いやる悪性腫瘍の暴力性

滅ぼす/Anéantir(2022) 3.5/10
ミシェル・ウエルベックの新刊。
「服従」が面白かったため読了、図書館本。

「服従」のおよそ2倍の分量。
やや散漫で読みづらい。

取り扱うテーマも、
・サイバーテロ
・脳梗塞後の閉じ込め症候群
・熟年夫婦のセックスレス
・末期がんに対する手術の是非
と多岐にわたる。

主人公とその家族、上司、サイバーテロ対応の職員など、登場人物も多い。
しかも主人公以外の内面や心境も描写するいわゆる群像劇方式で、場面転換も多用される。
極みつきに、物語に直接絡まない主人公の悪夢の描写(しかもけっこう長め)までちょこちょこ挟まってくる。

物語前半はサイバーテロとその対応が中核を担う。
テロリストは誰で、その意図は?
主人公陣営(フランス政府)はどう立ち向かうのか?
この謎が読者を惹きつけ、物語を駆動する。
が、解決の糸口も見えぬまま、後半全てが吹き飛ぶ。
主要人物の悪性腫瘍が判明したためである。
この世の出来事全てが癌の前ではかすんでしまう。
下巻ではテロ対策に割かれる紙幅はみるみる減り、未解決のまま捨て置かれてしまう。

好意的な見方をすれば、腫瘍や大病が人間の社会生活を、こちらの事情を無視し、読み手の関心すら超越して引き裂く無常さをリアルに描いているとも取れるが…

「滅ぼす」の幕引きは心地よいものなく、よりコンパクトに主題をまとめた「服従」に私目線では軍配が上がる。

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