anzumochi

小説やコラムを書くのが趣味。たまにライティング業務も。 音楽、食べ物、神社、景色の綺麗…

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小説やコラムを書くのが趣味。たまにライティング業務も。 音楽、食べ物、神社、景色の綺麗な場所が好き。過去の思い出から現在まで、思ったことをつらつらと書いていきます。

最近の記事

箱の中の共鳴

 一人で楽しめる場所って、案外限られていると思う。  テーマパークも飲食店もカラオケも、大抵大人数で楽しそうにしている人がいて、自分みたいなおひとり様はそれだけで居心地が悪い。  居心地の悪い思いをする度、高校で友達も無くただ勉強しかしていない自分が、この先大学に行ったところで誰かと分かり合えたりするのだろうかと不安になる。サークル活動を楽しむ同級生を片目に、そそくさと帰宅する自分が容易に想像できてしまってぞっとする。  そういう時はイヤホンで耳をふさいで、音楽の世界に没入

    • 舞台ってなんであんなに高揚するんだろう

      舞台を見るのが好きだ。 多く観劇しているわけではないのだけれど、時折誘われたり、興味のある作品を見に行ったりする。 その度に、やはり舞台は舞台でしか味わえないものがあるなと思う。 緞帳が開いた瞬間はいつも、気持ちが前のめりになる。 はじめは「何が始まるんだろう?」という期待と、「入り込めるかな?」という若干の疑いもあったりする。だけど徐々に話に入り込んでいき、気付くと夢中になって魅入っている。 印象的な台詞が発せられるシーンでは、見ているこちらが一瞬息を止めてしまうよ

      • がむしゃらだった自分へ

         努力すれば何とかなる。そんな、根拠もない自信に満ちていた10代。私は子供の頃から抱いていたパティシエになる、という夢だけを見ていた。  なりたい職業があるなら誰でも第一に「どうやったらなれるか」を調べるだろう。私もまずは情報を集めることにした。専門学校へ行き実習と座学を受け、個人店・ホテル・メーカー等に就職するといった流れが一般的のようだった。(中には製菓を学べて資格も取れるという大学もあった)  では、勤めてからはどのような仕事内容になるのだろう?と調べてみたところ、

        • Twitterのスペース機能。リスナーの所感

           少し前から、Twitterにスペースなる機能が実装された。詳しくは割愛するが、ようはグループ通話を公開したり、聞いたりできる機能だ。実装当時はフォロワー600人以上いるユーザーでないと開催できないという、なかなかに上級層向けな機能だったという事は記しておきたい。  一方的にフォローしている絵描きさんたちの交流をリスナーとして聞いていたのだが、私が思ったことは「みんなコミュ力高くね……?」である。実際に会ったこともないであろう者同士が複数人で繰り広げる、終わりのないトークに

        箱の中の共鳴

          壇上の人と、私

           高校生の頃、地元のライブハウスに友人の先輩が出演するということで見に行ったことがある。その先輩と私は直接面識がなかったのだが、女性で、背が高くて目は大きく色白。美人ゆえに少し校内で浮いてしまっているような。「高嶺の花」という言葉がぴったりの人だった。例に漏れず私も廊下や校庭を歩く姿を遠巻きに見ながら憧れていた。けれど若干彼女の馴染み切れていない様子を心のどこかで「可哀想、気の毒だ」とも感じていた。  先輩たちが壇上に上がった時の照明の明るさと、歓声の響きを今でもよく覚えて

          壇上の人と、私

          コロナ禍で思う事

           耳馴染みのない「コロナウイルス」という単語がいまや当たり前のようにあり、何とも言いようのない閉塞感と共にある生活がどのくらい続いただろうか。  地方に住む私は、休日たまに電車で都内へと赴きライブ、美術館、展覧会、テーマパーク、海岸などへ遊びに行くのが何よりのリフレッシュ方法だった。住んでいる田舎は家賃も安いし人込みも少なく、自然も豊かだが、そこだけにいると何とも言えない息苦しさがあった。遠くに見える雄大な山々や果ても無く見える空に、そのまま圧迫されてしまうような感覚。だか

          コロナ禍で思う事