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運動界のラスボスに挑む


 2022年2月。フルマラソンに走ることが決まった。昨今の状況により人数制限がかかり、例年に比べると人数も絞られるという。エントリー時は二次募集だったため、落選するだろうと軽く考えていたが、


「当選」


の二文字に冷や汗をかいた。何せ、運動らしい運動もしていないからだ。確かに、3年前にフルマラソンは経験しているが、ラスト10キロは苦行を強いられている気がして、参加したことを後悔していた。


 運動エリートではない一般市民が運動不足解消のためにフルマラソンに挑むのはさすがにハードルが高すぎた。


 これが最後だと覚悟しゴールテープをヘロヘロになりながらも何とか切ったのだ。その代償として翌日の筋肉痛は今思い出すだけでも泣きたくなる。



 そんな過酷な記憶しかないマラソンをなぜ、再び参加しようと思ったのか。先に述べたように二次募集という気楽なエントリー状況と運動量ゼロからくる無知の自信が体を呼び起こしてしまったのだ。


   あれ以来、運動も軽いジャブ程度しかしていないため、フルマラソンという運動界のラスボスの存在を軽く考えていた。RPGで言うと、ひのきの棒と布の服ほどの軽装でラスボスに立ち向かおうとしているのだ。


 「しかし、そんな考えは早くも消し飛ぶ」

 

 当選から数週間ほど経ち、そろそろ体を動かすかと重い腰を上げて軽く走ってみる。


100メートル。お腹の肉が揺れる。
1キロ。汗が出てくる。
2キロ。足が重くなる。
3キロ。激しい息遣い。
4キロ。ギブアップ。


 初日だから許してあげた。それから何回かランニングを試みるが、大して成果は出ない。しかも、ねみー、だりー、かったりーという3Eの魅力にとりつかれてしまいなかなかランニングウェアを体が拒否する。そこで一念発起。

スポーツジムに通うことにした。

 

 24時間営業のジムだ。これなら、3Eの呪縛からも解かれるだろう。


 さて、今日が初日。日中のジム内は年齢層が高い。おじいさまやおばあさまが運動不足解消をスローガンに各々でマシンを使い体にムチを打っていた。


 自分はというと、ランニングマシンで一人の世界に入る。テレビが映るので、そっちに集中するからだ。

 

 後は自分仕様に距離やスピードを調整できる。これなら地道に続けていけば何とかなると思った。しばらく走っていると、ある人に目が行った。年齢は60過ぎの女性だと思う。

 

  ピンク色のウェアの丈があまりにも短いため、へそ出しで運動しているのだ。


 口にするのは申し訳ないが、年相応の見た目だ。お孫さんの服と間違えたのか。それとも、理想の服を着るためにフライングで着てしまっているのか。


 それは分からないが、ジム内の視線を一心に浴びているのが分かる。しかし、この女性は視線もどこ吹く風といった具合で、腹筋、背筋、ヨガマット、ウォーキングと2時間以上も動き続けていたのだ。


 その度に、お腹の肉の主張が強くなっていた。


 だが、終わり際に見せた女性の表情にハッとさせられた。


 疲れ切ってはいるが、その顔は晴れやかなものだった。その時に自分の甘さを再認識した。

 

 あれこれ考えるより一心不乱にトレーニングしなければいけないと思ったのだ。そうしないと、2月の本番で最悪の結末を迎える可能性がある。


 今日教わったのはピンクウェアの女性と同じように最高の笑顔でゴールテープを切るために、練習を重ねることだ。

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