孫と私とお月見と【ショートショート】【#166】

「おじいちゃんなにやってるの?」
 孫のハルトがトイレのために起きてしまったようだ。私がいる離れに電気がついていたから覗きにきてしまったのだろう。この狭苦しい部屋はスイッチひとつで天井がガラス状に透過できるようになっている。私は部屋の真ん中にゴロリと横になり、ふたつの大きな星が輝く夜空を眺めていた。
「……おじいちゃんは『お月見』をしていたんだよ」
「……『お月見』?」
 眠そうな目をこすりながらハルトは聞きかえした。
「『お月見』っていうのはね、お団子とかを食べながら夜空の月を眺めるっていう昔から伝わる風習なんだよ。昔はその年もたくさん作物とかが取れました、ありがとうございますって神様に感謝するために行われていたんだよ。――ま、今となってはそんな宗教的な意味はないけれど。こうしておじいちゃんが見ているものをね……、もうずいぶん長いこと会っていない遠くにいる友達も見てるのかな……なんて思うと感慨深くてね。たまにこうして『お月見』するのさ。ハルト……こんな時間だけど、お団子食べるかい?」
「たべるー」
 ハルトは差し出された三色団子を右手でつかみ、勢いよく一番上の白い団子をほおばった。
「美味しいか?」
「うん、あまーい」
 ようやく頭が働き出してきたのかハルトは食べながら続けた。
「でもさおじいちゃん……」
「なんだいハルト?」
「この時間は月は見えないよね」
「ん……いや、まあ……それは確かに」
「じゃあおじいちゃんが見てるのはなに? 妄想なの? 夢なの?」
「いや、そういうことじゃなくてね……違うんだよハルト。大事なのは、その、心意気なのさ。お前にはまだわからないのかもしれないけれど、大事なことは目に見えないことのなかにあるんだよ」
 私はしどろもどろになりながら答える。
「ふーん。あ、もしかしておじいちゃんが見ているのは……あの星たちなの?」
「えっと、まぁそうだね。結果的にはそういうことになるんじゃないかな……」
 ハルトは我が意を得たりといった顔であごを突き出す。
「じゃあさおじいちゃん、それ『お月見』じゃないよ。『おフォボス見』かもしくは『おダイナモ見』が正しいから。年取ってくるとそういうのいい加減になってくるのかもしれないけど、大事だと思うよ。気を付けた方がいいからね」
 そう言いながらハルトはまたあくびをひとつ。食べきったお団子の串を皿に置き、エアロックに向かって歩きさった。
 私はなにも言い返すことができず、ハルトの後ろ姿を眺めていた。ここは火星だ。彼の言うとおりこの時間に月を見ることはできない。夜空には二つの衛星……フォボスとダイナモが輝いており、一連のやり取りを静かに見守っていた。
 ふたたび静寂が訪れた部屋で、私は残った団子をひとつほおばり、またゴロリと横になって『お月見』を続けた。


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こちらのコンテストに参加しております。9月15日までですから、もう期間はあまりありませんが、気になったかたは書いてみても良いのではないでしょうか。

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