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彷徨う彼女を探して  #リライト金曜トワイライト


「原稿の確認の連絡をするので、自宅の連絡先をお伺いしたいのですがFAXはおもちですか・・・」

 雑誌の座談会企画に参加したあと、声を掛けてくれたのが彼女だ。長いストレートの髪に、キリっとした精悍な表情。まるで”編集者”という空気を着ているみたいだ……それが僕の第一印象だった。
 「ありますよ」と僕が返事をした時、彼女はニコッと笑う。その柔らかい表情は、雰囲気とは裏腹にかわいらしく、その瞬間から、僕は彼女のとりこになっていたような気がする。

 そして同時に、僕はわかってしまった。彼女が僕と同じ生き物であることを。人間に流れる赤い血を欲する種族なのだということを。


「突然ですが、ウナギ食べに行きませんか?」

 翌日、原稿のFAXが流れて来たあと、すぐ電話があった。原稿の確認もそこそこに、そう言って誘われた時、彼女が僕のことを同じ種族であると知っていることに気がついた。”ウナギ”とは我々が良く使う隠語で、「人間」を指す言葉だ。実際のウナギは食べたことがないし、あんな長くてヌルヌルしたものを食べようなんて考えたくもない。
 彼女の誘いは、友人と一緒に別荘に集まるので一緒にいきませんか、ということだった。会ったばかりの僕に話をふってくるなんて。そこには好意があるのか、それとも単なる補欠要因なのか。それはわからなかったけれど、予定も空いていたし僕は誘いに乗ることにした。

「美味しそうですね。じゃ。クルマ出しましょうか」


 当日、彼女が連れてきたのは、彼女の高校からの友人とその彼氏。そしてその彼氏の会社の後輩カップルだった。僕と彼女も合わせて全員で6人。年は比較的近いという以外にはあまり接点のなさそうな集団だな、と僕は思った。別荘を持っていたのは、その後輩カップルの男。自分が金持ちであることを何かにつけてアピールしてきたところが鼻についたけれど、別に仲良くする必要もない。彼らは食べ物に過ぎないのだから。

 別荘について、早速みんな乾杯をする。別荘にはビールやワイン、日本酒など、お酒というお酒がそろっており、適当にデリバリーしたピザやお寿司などをつまみにして、酔っぱらうには最高の環境だった。とはいえ僕や彼女はアルコールで酔っぱらうことはない。それにどんな食べ物も、どんな飲み物も、おいしいと感じることはない。ただ周りの雰囲気に合わせて、何となく酔っぱらっているかのように振る舞っているだけだ。
 僕たちはこれまでもずっとこうやって生きてきた。そしてこれからもこうして生きていく。

 外はもう日が落ち、暗くなっていた。人間たちが一通り食べるのに飽きたころ、彼女が言う。

「....お酒とってこようかな」

 彼女は、例の金持ちの男を連れ立って地下のワインセラーに行くようだ。すれ違いざま、彼女は僕にいたずらっぽく目配せをする。彼女が去った今、この部屋には僕と、彼女の高校からの友人の子しかいなかった。――ああ、やっと食事の時間にできるのか。長い余興だったな。”ウナギ”たちも酔いが回って動きが鈍くなっているだろうから、丁度いい頃合いかもしれないな。
 「手相、見てあげようか?」そんな、古典的なナンパの手口を使って、友人の手を握る。握った手をグイと引っ張って、友人の体を引き寄せる。恋愛映画なら、胸の高鳴る展開だろうか。……でも、残念ながらこれはスプラッタ映画の類だ。

 そう思いながら、友人の白い首筋に噛みついた。――甘い。久しぶりの食事は甘美という表現にピッタリだった。普段、あまり選り好みはしないものの、獲物によって味が違うのは確かだ。彼女がそこまで考えて”ウナギ”を選んでくれたのだとすれば、僕に対して好意があると思ってもいいんじゃないかな。その赤い液体に酔いしれ、僕は調子のいいことを思っていた。

「こっちの方が辛口で美味しいよ」

 ワインセラーから顔を出した彼女の口元は、口紅以外のもので赤く染まっていた。「こっちの子食べたことあるの?」と聞いてみたところ、昔ちょっとだけ、と彼女は笑った。血に汚れるその顔は美しく、……ああ、この人のことが好きかもしれない。その時に僕は思っていた。

 2人で残りの2匹の”ウナギ”を探しにいって、1匹づつ食べた。そして、赤く染まったその部屋で、夜が明けるまで、何時間も彼女とおしゃべりをした。仕事のことや、親友のこと。そして彼女がどうやってヴァンパイアになったのかについて。そっと肩が触れたので顔を覗くと、ほんのりと頬が染まっていた。

「彷徨っているの」

 翌朝、ベッドで僕の肩を噛んで彼女はそう言った。彼女はこんな体を持ちながら、人間の世界の中で必死で生きていこうとしているのかもしれない。ただ、惰性で生きているだけの僕からすれば、彼女が苦しむその姿は、まばゆく輝いているようにも見えた。


 次の日、僕は仕事を辞めた。そして彼女とはその日以降、会うことはなかった。仕事を続けていたら、彼女とかかわることもあったと思うけれど、僕はそんな”彷徨う”彼女を見たくなかったのだ。
 でも僕たちは死ぬことはない。長い歩みの中で、またどこかで僕と彼女の人生が絡み合うことがあるのかもしれない。きっと彼女はまだ彷徨っているのだろう。そしてそんな”彷徨う”彼女の美しさに、僕はまた心惹かれるのだろう。


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【追 記】

はいというわけで。

池松さんの企画「 #リライト金曜トワイライト 」に参加いたしました。
リライトしたのはこちらの作品です。

多分、みんな真面目なんだろう……という思いが私をネタに走らせた……というのはまあ当たらずとも遠からずなんですけど。

・「今回のリライトのポイント」
・「なんでこの作品をリライトしたのか?」
・「どんな所にフォーカスしてリライトしたのか」

というのを順にあげていくと、ポイントは「セリフはそのまま使う」ということでした。なるべくシチュエーションも似た感じで持っていきたかったんですけど、だんだんいい加減になりました(笑

なぜこれを選んだか、という話で行くと、最後の「彼女が噛んだ」というのを見た瞬間にヴァンパイアのイメージが出てきてしまったことと、セリフと文章がいい塩梅で続いていたので、「セリフを残して、リライトする」という発想に合致しやすそうだったからです。

フォーカスポイントをあえて挙げるなら――切なさ? でしょうか? あとはなんていうか、好きに書きました(笑 いつの間にか「青いサンダル」がどっか行ってしまったのは完全に私の手落ちです(笑

楽しい企画ありがとうございました!
他の人の作品も楽しみです!


#リライト金曜トワイライト #小説 #掌編小説 #リライト #金曜トワイライト

「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)