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「幽霊の棋士」について考えていた

いや要するに『ヒカルの碁』なのだけれど。

囲碁でも将棋でもいいのだけれど、大昔からすごく強い人がよみがえってきて現代に生まれかわったとしよう。それが主人公だけにしか見えないなら多分問題にはならない。せいぜい主人公がちょっと変なやつだな、と思われる程度。

しかし――、仮にその人が他の人から見えたらどうなるのだろうか。

多分その人は囲碁なり将棋なりをやりたがるだろう。ちょっとめんどくさいから将棋ということにしよう。しかし見えるとはいえ、あくまでも精神のみの存在で実態はない。コミュニ―ケーションは主人公としかとることができない、ホログラムのような存在。仮に勝負をしようと思ったらやはり誰かの補助が必要だ。
主人公はいいやつだから、最初は反発するけれど次第に同情して協力的に進む。そうじゃないと話が進まないし。

結果、横に半透明なヤツを右手に置きながら、そいつの支持で将棋を指す変なコンビという図が出来上がる。街の道場で指している分には許されるかもしれない。でもちょっと公式の場になれば明らかに横のヤツはなんだという話になるし、そいつの支持で将棋を指すということができるはずがない。そもそも幽霊? 何言ってるの? という感じだ。

しかしそいつには体がない。一人では将棋を指すことができない。

盲目の棋士というのは過去に居たことがあるようだ。
いちおう付添人を置くことは認められて、相手の打った手を声に出して伝えることは認められていたらしい。

しかし両手がない棋士というのは調べても出てこなかった。わたしは両手がないから誰か代わりに指してくれ、というはプロの世界でも認められるものだろうか。……多分これは認められるんだろうな多様性の時代だし。

だからきっと「正当な理由があるなら認めますよ」というあたりが、本命の答弁だろうか。そして残念ながら正当な理由など提出できない。「幽霊ですから」で通るなら警察はいらない。半透明のヤツは立ち入ることを許されず、思うがままに将棋を指すという夢を縦割り行政によってさえぎられることになる。
夢破れた往年の強棋士は将棋を指すことができなかったことに大層ショックを受け、自死も頭をよぎるけれど実態がないから死ぬにも死ねない。結局、宇宙に飛ばされて宇宙空間に漂う鉱物と生物の中間の生命体になって棋士は考えるのをやめた……


ショートショートのネタを考えていたのだけれど、どうにも上手くいかなさそうなのでここに書いて昇華しておきます。さようならネタ。


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「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)