国家転覆プロジェクト【ショートショート】【#79】
「あの、先輩……」
声をかけてきたのは今日入ったばかりの新人だ。誰に声をかけていいかも良くわからず、近くにいた私に声をかけたのだろう。
「なんだ?」
「その、俺、この国をぶっつぶす……その手伝いをしてほしいから、力を貸してほしいって言われて来たんですけど」
「あー……きみ確か、片桐の紹介だっけ?」
「そうっす。俺にとって片桐先輩は神様みたいなもんなんです。いつもギラギラしてて、頭良くて難しいことも沢山知ってるし。昔、学生運動とかしてた時に一緒させてもらってたんですけど、パトカーとか迫ってきても全然ひるまずに、むしろ逆に鉄パイプで殴りかかってて。そういう武勇伝みたいなのいっぱいあって、すげーカッコいいんすよ」
「まあ、あいつは昔から血気盛んなやつだからな」
新人は少し恥ずかしそうにしながら言葉をつづけた。
「だから……その、『この国はもうダメだ。ぶっ潰すから、俺の仕事手伝ってくれ』って言われたときはすげー嬉しかったすよ。片桐先輩の元で働けるって。それも『国家転覆プロジェクト』だなんて。俺の人生、エリートコースじゃん……なんて思って舞いあがって」
私は笑いながら答えた。
「その通りじゃないか。きみは選ばれたんだよ。まさにエリートコースだ。この会社の業務に全力を注いでくれることは、間違いなくこの国を転覆させることにつながっている。片桐だって、きみを買っているからこそ声をかけたんだろうよ」
しかしその新人は、どこか納得できていないようで、言いにくそうに言葉をつづけた。
「いや、そうなのかもしれませんけど。だって……『国をぶっつぶす』とか言われたら、まあヤクザみたいというか、シノギを集めたりとか、クスリの売買とか……あとは密輸とかですか。もしくはもっと直接的に人質とかとって、どっかに立てこもって要求を出すとか。……とにかくそういう、命がけで、ギリギリの仕事なのかな、って思ってたんです」
「じゃあ何かな? きみはうちの仕事は命がけでもギリギリでもない、と思っているということかな?」
「あ、いやっその、それは……別に、そういうことじゃないんですけど……」
「なら何も問題ないだろう。きみには新たな戦力になってもらわないと我々だって困るんだ。いろいろ思うところもあるのかも知れないが、まずは全力で業務に取り組んで欲しい……あ、ちょうど良かった。おおい片桐! こっち来いよ!」
そこに丁度通りかかったのが、新人憧れの先輩、片桐だ。
「おい片桐、こいつまだ全然理解できてないぞ。ちゃんと教えてから連れて来いよ」
「すまん、ちょっと忙しくてな。……なんにしても、よく来たな。確かにほとんど説明してなかったかもしれん。ビックリしただろう?」
「先輩、お世話になってます! 正直……びっくりしました。国ぶっつぶすって聞いて、さあなにやらされるかなと思ったら、――『アイドルのプロデュース』だって言われて……」
片桐は、深くうなずきながら言った。
「そうだ。『アイドルのプロデュース』。それこそがこの会社の一番の仕事だ。お前は知らないだろう。アイドルってのはな、不況の時にこそ流行るんだ。今や国民的人気のあのグループは、リーマンショックを境に人気が出た。過去をたどれば、オイルショックやバブル崩壊の時にも同じようにアイドルブームがおきている」
両手で新人の肩をガシリとつかみ、片桐は続ける。
「つまりな。逆に考えれば、――アイドルを流行らせれば、国は不況になるんだ。テロは直接的だが、その影響はたかがしれている。そもそも要求が通ることなどほとんどない。しかしアイドルは違う。直接的に経済に影響を及ぼし、国力をおとしめることができる。その上、プロデュースしたアイドルが当たれば、こちらの資金力は潤沢になり、より強固なプロデュース策にうって出ることができる。良質なアイドルを売り出すこと、それこそが最良の国家転覆プロジェクトなんだ。……わかるか?」
「……片桐先輩! サイコーじゃないっすか!!」
「お前も今日から我々の一員として全力を尽くしてくれ。期待しているぞ」
新人は晴れ晴れとした顔をしていた。きっと彼もいいプロデューサーになってくれるだろう。
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