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渡る世間はネズミばかり【ショートショート】【#82】

「知ってますよ、それ。ネズミ講っていうヤツですよね。馬鹿にしないでください」

 女子高の同級生、ユキから久々に連絡があったのが先週のこと。会ってご飯でも食べようというので、待ち合わせをして、ついていってみたところファミレスに案内された段階で気がつくべきだった。
 「落ち着いて話ができる環境がいいから」とかなんとかいう言い訳を、そのまま受け入れてしまったのは、私の人がよすぎるからということにしておこう。会うのは2年ぶりくらいだし、最初こそは普通に近況報告や、思い出話に花を咲かせることができた。しかしものの15分もしないうちに、新たな登場人物をむかえることになる。

「おう、何してんの?」

 その男はユキの知り合いのようだった。旅行にでも行くような大きなキャリーバックを引きずっていた。

「あ、先輩偶然ですね! あのねカオリ。こちらバイトの先輩のケイさんっていうの」

「カオリちゃんっていうんだ。はじめまして~」

「……はぁ、どうもはじめまして」

「先輩、ご飯食べましたか? 一緒にどうですか?」

「あーまだ食ってないわ。そしたらお言葉に甘えようかな。いきなりごめんね~カオリちゃん」

「……え、……ぁ、はい。どうぞ……」

 そのなれなれしい男は、どこか私の兄に雰囲気が似ていて、最初から気に食わなかった。その上、男が席についてからの展開も早かった。注文を選んんでいる間に、男は「カオリちゃんは夢とかってないの?」という話を切り出し、料理がくるころには、その仰々しいギャリーバックから、ナベや洗剤のセットが出てきていた。いわく、「これは本当にいいものだから、友人とか家族とかにすすめれば、カオリちゃんは一生収入に困らない。時間とお金を手にして、どんな夢もかなえることができる」ということだった。

 いい加減、堪忍袋の限界を感じていた私は、冒頭のセリフを吐く。数字に弱い、若い子ならだまされるのかもしれない。でも自慢じゃないけれど私は珠算1級を持っていて、ケムに巻くようにばらまかれる数字には強いのだ。

「たとえ、それがどんなにいいものだったとして、そんなに買ってくれる人がいるんなら、自分で商売でもした方が百倍ましです」

 私は財布から取り出した1000円札を机にたたきつけ、後ろを振り向くことなくファミレスを後にした。
 もともとユキとはそれほど仲の良かったわけじゃないけれど、ネズミ講にはまっているなんて……。私のところに話がまわってきているのだから、もっと近い友人とかにはすでに声をかけ終わっているんだろう。それにしても、あんな感じで偶然を装ってくるんだなぁ……最近のネズミ講はいろいろ進化しているのね。自己責任でやる分には勝手だけれど、借金とか、そういうのには手を出さないといいけど。まあこれは祈ることしかできないか……。

 イライラを引きずりながら私は家に着いた。実家ぐらしのため家には両親や兄も住んでいる。意外と早く話が終わってしまったから、まだみんな食卓にいるようで、外からでも電気がついているのが見えた。母にでも今日の顛末を話そうと思って食卓に乗り込む。

「ねぇ、聞いてよ! 今日ユキに呼び出されてご飯行ったんだけど……」

 そこまで言ったときに私は気が付いた。机の上の食事はすでに片付けられており、そこに山のように置かれていたのはナベや洗剤のセット。つい今さっき、その性能についてさんざん説明を受けた、見覚えのある商品たちだった。

「いやね、これは本当にいい商品なんだよ……ほら、親父やおふくろにも夢とかあるだろ……?」

 そこには両親に向かって、意気揚々とそれらの良さを語る兄がいた。



#ショートショート #小説 #ネズミ講 #ナベ #洗剤 #家族

「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)