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【韓国文化研究者の韓国映画考察】EXOチャニョル主演映画『ぼくの歌が聞こえたら』レビュー

今年6月に公開されたEXOチャニョル主演映画『ぼくの歌が聞こえたら』のレビューです。【ネタバレ有り】

題して【「ぼくの歌が聞こえたら」を韓活する】

中国の歴史書『三国志』「魏志東夷伝」にすでに、朝鮮半島の人々は「歌舞が好きなようだ」と記されている。古代から脈々と続く歌舞のセンスは、現代のK-POPの興隆とも無関係ではあるまい。1つでもこなすのが大変な「歌うこと」「韻を踏むこと」「踊ること」を、統一したパフォーマンスとして昇華するKPOPアイドルたち。そのリーディンググループの一つであるEXOのメンバー、チャニョル氏が、楽器を操り、多彩な音楽ジャンルを次々とこなしていくのが「ぼくの歌が聞こえたら」である。EXOで担当するのは低音ボイスを生かしたラップだが、元バンド部というだけに、ギター演奏での熱量はアイドルのそれではなく、グループとしての音楽とはまた違った、やりたい音楽を楽しめたのではないかと推測する。ファンとしては、チャニョル氏のマルチな音楽的才能を、一人のアーティストとしての青年の顔を堪能できる作品であることに違いない。
 
フンは、マネージャーとなったミンスと共に、ライブをしながら朝鮮半島を旅する。今はコロナで海外旅行が断たれているが、解禁したら、ぜひ楽しんでもらいたい地方観光スポットが並ぶ。フンの足跡をたどりながら紹介していこう。
最初にライブを行った地はソウルの東側、国際空港のある仁川(インチョン)である。近代に日本人や中国人、欧米人などが住み着いた街で、フンがライブに立ったチャイナタウンの善隣門近くは、ジャージャー麺通りで知られる。映画やドラマでおなじみのジャージャー麺(짜장면)は、黒いあんをグチャッと混ぜて食べるのが妙味のコリアン中華麺で、発祥は仁川とされる。
次に訪れるのは全羅北道の全州(チョンジュ)である。全州は李王朝の発祥地で、韓屋マウル(村)といわれる伝統家屋群が、フンとミンスが走らせる車の窓越しに映り込む。二人は名物もやし雑炊(콩나물국밥)を食するが、全州グルメといえばビビンバ(비빔밥)である。
光州(クァンジュ)では錦南路(クムナムノ)という繁華街を訪れる。セッションが行われたのは元全羅南道庁前だ。映画「タクシー運転手 約束は海を越えて」でも描かれた光州事件の激戦地でありシンボルとして知られる場所である。道庁移転後は、国立アジア文化殿堂に改修されている。光州グルメとして二人が食べるのは肉の焼きもの(육전)。他にも握り飯(주먹밥)、サンチュの天ぷら(상추튀김)、麦ご飯(보리밥)、韓定食(한정식)、韓国風ハンバーグ(떡갈비)など、名物が目白押しなのが光州だ。
麗水(ヨス)は大小の島々やリアス式海岸が美しい、半島の南の海に面した都市である。ホテルでからし菜のキムチ(갓감치)と共にカップラーメンをすすり、ミンスはフンにイシガニの醤油漬け(돌게장)を勧める。海辺の露天テーブルではナナと3人で焼酎を傾ける。画面には映っていないが、麗水といえばハモやカニといった海産物で知られ、海鮮をつまみにしているはずである。全州と光州、麗水はいずれも半島南西部に位置し、作物が豊富なこの地域は、どの飯屋に入っても美味いといわれるほど食に魅了されるエリアである。
続いて半島南東部へ。慶州(キョンジュ)は古代新羅の王都で、日本でいう奈良や京都のような趣のある古都である。牛乳瓶のような形の石造りの建造物前でライブをして警備員が駆けつけるが、あれは瞻星台(チョムソンデ)といい、現存する東洋最古の天文台である。小高い丘陵前でもライブを試みるが、あれは王陵。いずれも世界遺産の「慶州歴史地域」内にある。
蔚山(ウルサン)は半島南東部の臨海都市で、自動車工場や造船所といった重工業団地が形成されている。ミンスの後輩の車から降りるシーンで背景に造船所のようなものが映るが、蔚山ならではである。夜景を眺めながら二人がしんみりと語ったのは、伝統建築の含月楼(ハモルル)。2014年に作られた、蔚山の高台にある夜景の絶景スポットだ。
 最後は釜山。いわずと知れた韓国第2の港湾都市で、近年は金融都市や映画の都市としての顔も併せ持つ。ライブを行ったビーチは、夏は多くの海水浴客でごった返すホットプレイスだ。海に迫るように急な山がそびえ、その急斜面にびっしりと住宅が建ち並ぶ風情も釜山ならではである。
 
続いて、チャニョル氏が歌った音楽関連の韓国語を見ておこう。まずは音楽ジャンル名から。ティーンのカリスマ、ビリー・アイリッシュの世界的ヒット曲「Bad Guy」のポップスは팝(パプ)や팝송(パプソング)。70年代の名曲「Without You」のバラードは발라드(パルラドゥ)。往年の名曲「My Funny Valentine」や「What A Wonderful World」のジャズは재즈(チェズ)。韓国の伝説的ロックバンド、トゥルグックァの代表曲「毎日君と」のフォークソングは포크송(ポクソン)という。フォークがポクになるのは、FをPに読み替える韓国式外来語表記法のためだ。この曲はドラマ「恋のスケッチ〜応答せよ1988〜」でも流れるので、聞き覚えのある人もいるだろう。近年、韓国で人気再燃中の韓国演歌トロットは트로트(トゥロトゥ)。トロット歌謡祭に飛び込み参加で歌った曲「オジョチゴ(오저치고)」は、오늘 저녁 치킨 고(今日の夕飯はチキンゴー)の頭文字を取ったもので、劇中では流行歌とされているが、実際は創作楽曲である。イギリスのロックバンドColdplayの「A Sky Full Of Stars」のロックは록(ロク)である。
フンはミンスにスカウトされて旅を始める。スカウトは캐스팅(ケスティン)。キャスティングの韓国語的発音だ。「저 사람들 앞에서 노래 못해요.(僕、人前で歌えません)」。ステージ恐怖症のフンは、何度もこう訴える。ミンスと契約を結ぶも、段ボールをかぶってライブすることになった所以だ。原題タイトルの박스(バクス)はboxのことだが、「段ボール」のこともこう呼ぶ。劇中では、「箱」を意味する상자(サンジャ)も使われている。路上ライブは버스킹(ポスキン)。路上ライブや大道芸を指すBuskingのことである。
道中、フンが演奏した楽器も振り返っておこう。エレキギターは일렉기타(イルレクギタ)、ハーモニカは하모니카(ハモニカ)、アコースティックギターは통기타(トンギタ)という。ピアノは피아노(ピアノ)、ドラムは드럼(トゥロム)だ。オーディション会場で披露する「Break Your Box」はミンスと道中で作った曲であり、チャニョル氏自らが作詞を手掛けた曲でもある。自作曲は자작곡(チャジャッコク)という。シンガーソングライターは싱어송라이터(シンオソンライト)だ。
さまざまなジャンルのアーティストの登場も見どころの一つ。ヒップホップ界のレジェンド、ダイナミック・デュオのゲコ、実際に世界中をギター一本で渡り歩いているという外国人路上シンガーのアンコード、ジプシージャズギタリストの第一人者パク・チュウォンらの歌声や演奏が彩りを添える。ミンスが歌う「釜山に行けば」は、本作の音楽監督を務めたシンガーソングライターのEcobridgeの曲である。ドラマ「怪物」でも釜山へ向かうシーンで出演者が口ずさんでいたのが記憶に新しい。決して刺激的ではないが、名曲メドレーのMVのような本作は、ゆっくり何度も耳で味わいながら観るのがおすすめである。
 

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