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よろしくね

私は、とある日本酒バーを営んでいる。
カウンターに座る、さまざまな職業、年齢層のお客様が、たびたび不思議な話を置いていってくれる。

その日のお客様、福島県内に住む30代の男性客、中村さんの話。

2018年1月22日から23日にかけて、久しぶりの大雪で東京の交通がマヒした日の話だ。福島県内でも、郡山市やいわき市など、太平洋側でたっぷりと積雪があった。

1月22日の雪の朝、中村さんが職場に出勤し、仕事の準備をしていると、同じ職場で働いているスタッフ吉田さんが、中村さんより10数分遅れて車で通勤してきた。その吉田さんは、郡山の職場まで、自宅の西郷村から自家用車で通っていた。
雪は降り始めており、午後になるにつれ空模様はいよいよ激しく、仕事が終了する22日の20時頃には、道路にもかなり雪が積もっていた。
帰りがけに中村さんは、西郷村まで山道を帰る吉田さんを心配して「くれぐれも気をつけて」と声をかけた。

しかし、吉田さんは夜の雪道で事故に遭ってしまった。怪我をして入院はしたものの、幸い命に別状はなかった。

「ここまでは、全く不思議ことはないと思うのですが、問題は、彼の事故の前日に僕が見た夢なんです」
事故で怪我をした吉田さんのお母様が、夢に現れて「よろしくね」と言った、というのである。

実は、吉田さんのお母様はだいぶ前に亡くなっていて、中村さんとは面識がない。なのに、中村さんは、自分の夢に現れた中年女性が、吉田さんのお母様だと思ったそうだ。
ちなみに、中村さんと吉田さんは、あくまで職場の仲間で、特に親友という関係でもない。その吉田さんのお母様が夢に現れて「よろしくね」と言った。そして、それしか言わなかったそうだ。
そのことは、吉田さんの事故の知らせを聞くまではすっかり忘れていた。

翌日、中村さんは病院にお見舞いに行って
「怖がらないで聞いてくださいね。実は事故の前日、あなたのお母様だと思うんだけど、僕の夢に出て『よろしくね』って言ったんですよ。なんで、僕の夢に出てきたんだろう?」
そう言われた吉田さんも面食らったはずだ。なぜ、中村さんだったのだろう?

「その後日談というわけじゃないんですが、吉田さんの入院の3年後、彼の弟も足を骨折するようなことがあって、やっぱり、その怪我をする前の日に、別の友人の夢に彼のお母様が出てきて『よろしくね』って言った、ってことがあったらしいです」

「よろしくね」と言われたとて。
・・・・ねぇ。

竹書房の2023年7月のマンスリーコンテスト、テーマ「予言、予知、お告げ」に投稿して2次選考まで残りました。
次回も頑張ってみます。

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