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「大人しくしといてよ」(お題:「禁忌、収束する君、無機質な愛」)

「大人しくしといてよ」


それが、彼にとっての「おはよう」です。


「だって、君は大人なんだから」


私は、まだ未成年です。でも、彼がそう言うなら、私はもう大人の女なのです。私の考えなど、ここではどうにもならないのです。


そして、彼は仕事に出かけます。大人なので。社会人なので。彼の中では、私も大人なのですが、バイトに出かけることも、ましてや学校に通うことも、許してはもらえません。


私に許されているのは、彼が用意してくれたロールパンを食べることくらいです。少しだけ生えてしまったカビを取り除きながら、私はそれを食べます。


いつものように、彼の今までの『彼女』達を眺めながら。





いつからこの生活が続いているのか、忘れてしまいました。彼が毎朝大量に吹きかけるコールドスプレーでも対処しきれない『彼女』達の腐乱臭にも慣れてしまいました。


その内、私も『彼女』達の仲間入りをするのでしょうか。それとも、このまま彼に愛され続けるのでしょうか。もう戻れない生活を思っては、「あれは、全て夢だったのだ」と自分を納得させます。


「大人しくしてた?」


彼はいつも同じことを訊ねます。それは疑問形ではありますが、導かれる答えは常に一つです。


「大人しくしていました」


そして、まるで子どものように抱きつく彼の頭を、私は撫でるのでした。





「戻ってきてくれたんだね」


彼と初めて会ったとき、そう声をかけられたのを覚えています。見知らぬアパートの前で、見知らぬ男性に話しかけられたので、私の体は硬直してしまいました。


彼はそれを肯定だと思ったのか、私をスタンガンで気絶させ、自分の部屋に連れ帰りました。


その日から、私と彼の生活が始まったのです。


「戻ってきてくれたんだね」


このことばは、私以外の女性にも言ってきたんでしょう。彼の部屋に山となっている『彼女』達が、何よりの証拠です。きっと『彼女』達は、彼の望む『彼女』ではなかったんでしょう。


では、私はどうなんでしょう? 彼が望む『彼女』だから、生かされているんでしょうか?





彼は、今日も私を愛でます。『彼女』である私を愛でます。私自身が愛でられているわけではないのです。


日が経つほどに、私は私でなくなる感覚が強くなります。私は徐々に『彼女』になっているのです。もうすぐ、『私』という人間はいなくなるのでしょう。


「大人しくしといてよ」


彼はいつものように、私に言います。


だから、私も言ってやりました。


「愛してるよ」


彼はそれを訊くと、『彼女』を、私を、押し倒しました。ようやく、×してくれるのかと思いました。


でも、彼は私に縋りついているだけでした。私がどこにも行かないように、まるで子どものように、いつまでも泣きじゃくっていました。



お題提供者:めだまさん(@pandora_nh)

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