見出し画像

RIZINとサイン会と石焼ビビンバの話

こんにちは。藍澤誠/Jの先生です。

2022年4月17日日曜日、塾から歩いて行ける距離で格闘技のイベント『RIZIN 35』が開催されたので観戦してきました。私の塾に「将来、MMA(総合格闘技)の選手になりたい」という男の子(中2・サッカー部)がいて、その子の夢を叶える一環として、観戦チケットをプレゼントしたのです。

そもそもは「先生、お願いです。連れてってください!」という感じではぜんぜんなくて、「RIZINやべぇっす。武蔵野の森でやるっす。しかも友達が行くらしいんすよ。オレ、出待ちしちゃおっかな」という、興奮気味だけど、ちょっと控えめなトーンで知った話でした。

そんなの選手の入待ちや出待ちなんかじゃなくて試合を見ればいいのに。しかも将来の夢にダイレクトに関わるんでしょ――そう思った私は本人に、直接観に行かない理由を聞いてみると、観戦を断念した理由はシンプルに「チケットが高いから」とのこと。

RIZINってどのくらい高いの?

調べてみるとその時点で買える席は1人2万円の席のみ。キックボクシングをやっているお兄ちゃんも誘って連れて2人で行くとすると4万円。

選手たちは命を懸けて戦っているわけだから、料金としては高い気はしないんだけれど、それでも行くとなると私を含めて3人、塾のもう一人格闘技に興味ある子を誘ったら4人。総額でいうと8万円するわけで、安くはない。でも、このイベントを観ると観ないとでは少年の今後の人生が大違いなのは確実だろうから迷う・・・。さらにあまりに高額だと、チケットをプレゼントすることにたいして、逆にお母さんに断られるまでもあるかもだし。

いろいろ悩んだのですが、別のチケット会社を探してみると、「1万円の席」がわずかにあり、せっかくの生観戦でも遠い席だとつらいのですが、ネット情報で見え方をチェックするとそうでもない。ならば! とチケットをすぐに4枚買って、塾の子2人+お兄ちゃん+私で行くことになりました。

スポーツセンターの外観の写真を撮り忘れました。これは近くの外語大学。

イベント当日、私はいろいろとやることがあり(サッカーの練習とか皐月賞とか)、本人たちとは別行動だったのですが、少年たちはかなり早い時間から会場に行ったらしく

「榊原会長に会えました!」
「青木真也がフツーにいました!」
「平本蓮に話しかけちゃいました」
「めっちゃいい席です!」

と興奮気味のLINEが届いてきました。

一通りの用事を終えた私は、後半の4試合くらい見られればいいかなと思って徒歩で会場へ向かうことに。道すがら、東京外語大の綺麗な構内を歩いていると、なんだか懐かしい気持ちになりました。

私がキャンパス内でぼんやり思い出していたのは、初めて行った小説家のサイン会での感情。私が大学生の頃でした。

作家のサイン会に実際に足を運んで、「ああ、この人があのような話を書いているんだ! 作家って職業、本当にあるんだ!」と体感したのは大きい経験で、それと似たような感覚を、あの子たちが今、得ているのかなと思うと、チケットを取って大正解だったと思ったりして。

4階席なのに近く見える!
迫力ある入場

試合を真剣に見つめる、全力でおしゃれな服装をしてきた少年の写真はここにはアップできませんが、時折横を見てその表情を確認したのですが、まさに夢の真っ只中! という時間を過ごしているのがこちらにも伝わってきて、リングの熱戦と同じくらい感動的でした。

その証拠に(?)、このイベントの直後、中2男子は「やっぱりこの道が自分の道だ!」と確信したらしく、格闘技を教えてくれるジムに入会を申し込み、中学のサッカー部を辞めました。一度入った部活は最後まで続けなさいという、中学校特有の謎な価値観や、仲のいい友達と続けてきた楽しいサッカーもなんなく振り切ってきたのです。

いつか彼がファイターになって

「RIZINを生で観た瞬間、オレの人生が変わりましたね!」

とインタビューで言ってくれたら嬉しいです・・・というのは冗談で、別に有名にならなくてもいいし、格闘技を続けなくてもいいし、今回の出来事を大きな出来事に位置づける必要もなくて――私は単純に、現時点で「夢へダイレクトにつながる」「その方がぜったいに熱い!」と思ったからチケットを買っただけだし、彼は彼で、夢を実現するために部活退部&ジム入会を選んだわけだし、選手たちはそれぞれ、自分や仲間の夢を叶えるために、リングに立っていたわけで、つまり、「シンプルにそれぞれが自分の人生を生きようとすれば、幸せが自然と拡大していく」のだな、と思いました。

ただ、自分については、今回のように「誰かの夢を叶える手伝いをできたこと」に、やりがいや夢を感じたことはありません。すごく人間味が薄いというか共感力が低いのですが、では

このイベントを観ると観ないとでは少年の今後の人生が大違いなのは確実だろうから迷う

となんとなく感じ、チケットを取るなど必要な段取を踏んでしまった私は、いったい何なんだろう。

「こっちの方がいい」と自分で確信している状況なのに遠慮したり、予想される現実的な行動を面倒くさがって、口を出したり手を出したりしない自分自身が嫌なだけなのかな。親切心とは明らかに違う。適材適所という言葉が好きなのですが、魚は水に、鳥は空に、と思ってしまう。どうしてかはわからないけれど、ごく自然に、そのように振舞ってしまう。

人に対しても、物に対しても、世界の多くの物事に対して、正義感ではなく、倫理観でもなく、ただ単に、自分の思い描く、わりと独りよがりな、あるべき単純な未来に寄せたくなってしまう。その結果、状況が好転したように見えることが多いので、感謝されたり、いいね、と思われてしまう。自分でももちろん、良かったね、と素直に思えることは思える。そうなることを望んで行動したのだから当たり前です。

ただ問題なのは、ここのところ(2022年4月)、自分自身に対して「適材適所を発動できていない感」がすごい。いろいろな生徒に対して、こうした「適材適所」的なふるまいを、なんの抵抗もなくできる自分は、客観的にみると、先生という役回りはまさに適材適所そのものなのかもしれないけれど、私は、自分自身を「望む場所に置けている」とは思えない。ここが夢のリングには思えない

現状に感謝していないわけはもちろんないし、幸せでないわけでもない。
ずっとこの仕事が出来ていることに感謝しているし、何人かの人たちには感謝もされている。

生徒たちと別れ、格闘技の会場を後にして、モヤモヤしながら一人で歩いていると、一つのアイデアが浮かびました。

私はその「私に感謝してくれている人」であろう一人の女の子のいる場所へ向かいました。つまり、塾の卒業生がアルバイトとして働いている焼肉屋さんに行ったのです。大切にしている存在に会い、おいしいものを食べて気持を上げようというシンプルな発想です。

ひとり焼肉ではなく、ひとり石焼ビビンバ

日曜の夜の個人経営の人気店は、気の毒になるくらい大忙しで、卒業生の女の子とはほんの少ししか話せませんでした。彼女は、私と一緒に中学のころからいっぱい勉強して、栄養に関する大学に入り、栄養士の免許を取得し、このたび立派に卒業&限られた日数ではあるけれど、目標としていた分野の職場に就職できました。

「どう? 毎日、楽しい?」
そんな私の唐突でふわっとした質問に、
「めっちゃ楽しいです!」
と焼肉屋によく似合う元気な声で答えてくれました。
「就職もおめでとう。夢がかなってよかったね」
「ありがとうございます! 先生のおかげです!」

でも・・・私は知っている。私は一番やりたいことをやってこうなっている(塾の先生をしている)わけではなく、ましてや、人を幸せにしたいからでもなく。作家になるための時間稼ぎで始めた塾経営が、自分が通いたい塾というコンセプトやら、少人数の活動が好きな性分やら、勉強や研究がまぁまぁ好きな性格やらがいろいろとうまくかみ合い、そこに家族や生徒たちの、気難しい私にうまいこと合わせてくれてきた優しさがミックスされて、いい感じにこうなっちゃっていることを知っている。私のおかげではない。

作家のサイン会に実際に足を運んで、「ああ、この人があのような話を書いているんだ! 作家って職業、本当にあるんだ!」と体感したのは大きい経験で

と感じたおよそ30年前の自分にとって、何がどのように大きかったかリアルな感情は、改めて想起してみるとかなりあいまいだ。ただ、それでもはっきり思い出せるのは「自由な仕事が本当にあるんだ」という気づきで、生まれて初めて生で目にした作家の放っていた「自由な空気感」は今でも心に残っている。

石焼ビビンバを食べながら考えることじゃないのですが・・・今の自分にとっての夢と、過去の自分にとっての夢とはもう違うという感じで、別々に分けて考えるのは間違えな気がして、それならば過去から今まで変わらない、共通する思いは何か、それを言葉にしてみようと、ノンアルコールビールを飲んでいる、シラフだけどクリアかは判然としない頭で考えたときに、なんとか見つけられたのは

「楽しい事だけをずっとやっていたい」

という、身もふたもないシンプルな感情で、それならばバカみたいだけれど、「楽しいセンサー」と「ずっと継続できるシステム」を心掛けていけばいいのかなと思ったりはしたのですが、そういう観点からすると、長い期間、みんなと楽しく塾をやってきたことは(なんと22年!)、楽しいセンサーの感度向上と継続システムを組み上げるコツの習得に役立ってきた気がして、やっぱりちゃんと自分を適材適所の場所に置けていたのかもと、思い直したりしました。

「ほんとうにありがとうございました。めちゃめちゃたのしかったです!」

ビビンバ中に届いたLINEにはそう書いてありました。

こうして、自分だけだったら絶対に見ないだろう格闘技を生で観戦したり、出会ったときには14歳の少女だった生徒が、22歳の立派な女性になって明るくキビキビと働く店で、石焼ビビンバをぼんやりパクパク食べたりできるのは、そうしたセンサーとシステムを整備し続けられる環境にあったからだよな。

その点にまず自分自身がとにかく、もっともっと感謝しなくちゃ。
本当にありがとう。みんな!

「楽しい事だけをずっとやっていく生活」を今日も明日も心掛ける。
「自由な生き方って本当にあるんだ」と自分を通して自分がまず感じられるようになりたい。今日と同じように現実的で、自分にとっては本質的に思える行動を重ねて、夢のような、物語のような時間を過ごしたい。

選手たちは全力で戦って、たくさんの人に希望を与えていた。
リングを照らす照明は色とりどりで、素晴らしく美しかった。

男の子の夢、少女の夢、ずっと覚めない自分の夢が混ざり合う、なかなかに不思議でまばゆい、30年後も思い出せそうな日曜日になりました。

ここから先は

0字
◎ほぼ毎日更新があります! ◎おためし購読ができます。 例 ・5月10日に「おためし購読」を始めた場合 このマガジンに入れられている『2018年5月分(5月1日~31日)』の有料noteを都度購入(バラで購入)する必要がなくなります。6月分からは有料になります。 ・6月1日に「おためし購読」をはじめた場合 6月1日~6月30日に、このマガジンに入った有料noteを単体購入する必要がなくなります。ただ、6月1日より前に入れられた5月の有料noteは単体購入しないとみられません。

藍澤誠のエッセイ系の月間定額マガジンです。 ※購読開始月以前の有料noteは、『バックナンバー扱い』となり、定額では見られません。

読後📗あなたにプチミラクルが起きますように🙏 定額マガジンの読者も募集中です🚩