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ジャマイカのおみやげ 『ポニイテイル』★02★

流輝の返事が戻るよりも早くあどがトイレから戻り、密室系皆既日食的クライマックスは収束した。トイレが近いあどではあるが、たぶんもう二人きりは期待できない。教卓付近をトットコ通過中のあどは無邪気なハムスタフェイス。バンビのようにきゃしゃな鈴原はイラ立ちを力いっぱいぶつける。

「あどちゃん、手、洗ってないでしょ。もっかい洗ってきなよ!」
「手? なんで? 手なんかいつも洗わないよ」
「は? トイレ行ったら手を洗うでしょ」

鈴原風という名前に『風鈴』が隠れているファンタジーにようやく去年気づいたほどあどは鈍感な親友で、寝苦しい夜の風鈴のごとく、無意味かつ忘れた頃に、鈴原風のことをリンリンと呼ぶ。

「洗うのはケツでしょ。手洗ってどうする。何、リンリンはケツじゃなくて手を洗ってるの? きたなっ」

原稿用紙にペンを走らせていたやせパンダが背筋を伸ばす。

「あのなぁ」

唯一の男子としてキリッと口をはさむならタイミングはココだ。
そんなマカムラの体は完全に中学レベル、背も座高もクラス1位を独走中である。

「おまえさ、ケツとかいうなよ。一応女なら、おしりって言えよ」
「ぷぷ! おしりとか!」

あどが両手で口をおさえる。

「へぇ、マカムラッチは、おをつけるのか。わかった、わかった。リクエストに応えて。オ・ケ・ツ」

空気を読まないどころか台風並みにかき乱し、みんなのフェイスをどんより曇らせるこの少女の名は、花園あどだ。名前前半のおめでたい『花園』部分はいいとして、『あど』の意味はなんと『アドベンチャ』、つまり英語で『冒険』の略らしい。
真相を確かめたいところだが、あどの両親はそろいもそろって、娘を残してもう地球上にはいない。残されたあどは、この星で嫌いなモノベストテンに入る『担任のマネ』をして、最後列に小さく座る風を指さし厳しく注意する。

「おい! キサマ、今、チラっと見えたぞ。何か机の中に隠したな」
「は? 気のせいじゃん」
「木の精でも水の精でもない。ははああん。鈴原、さてはキサマ、学校に不要物を持ってきたな。先生に見せてみろ」
「ちょ、ちょっと!」

バンビの机の中から出てきたのは——緑色のリボンがかけられた、小さな黄色の小箱だった。花園あどはアゴをさする。

「ははーん、緑に黄色、そして黒少々ね。なるほど、なるほど」

最近、国旗ブームを入口に『世界の文化や歴史』を調べている花園あど。といっても研究レベルではなく、社会のテストには出ない残念な雑学を、欲ばりハムスタのようにほほ袋にためこんでは「え? ここで?」というタイミングで吐き出すのだ。

「さてはジャマイカのおみやげだな」
「は?! なんでジャマイカなの。クッキーだよ。あっ!」
「ははあん、もしかして、クッキーだな」
「は?! そうだよ、だからクッキーだって言ってるじゃん」
「これはいわゆる、ラブラブバースデープレゼントだね」

ビンゴ。
7月7日は真神村流輝の誕生日なのだ。
やせパンダは少しも表情を動かさない。視線を原稿用紙へ落とし、ペンを走らせている。ペンのスピードは不自然なくらい速い。
あどはおどけた表情で、パッチリした風の目をのぞきこむ。

「ふっ。手作りクッキーをプレゼントとか。かわいいのぉ」
「は? どうして手作りってわかるの!」
「誕生日だもん。誕生日なら手作りでしょ。いひひ」
「は? なに笑ってんの? キモっ!」

バンビはハムスタをにらむ。
もちろんハムスタは微塵も動じない。

「こら鈴原。誕生日なのになんで怖い顔する。ありがとう。洗ってない汚い手でも、作ってくれたその気持ちが先生はうれしい」

風の白く細長い指に包まれたジャマイカの箱は、あどの短くて太い指へと瞬間移動した。

「え?」
「ありがと。マズくてもガマンしてバクバクいただくぞ」
「あ、あどちゃん、誕生日か!」
「あい? ウチのために手づくっといて何を今さら。ねぇねぇ、マカムラッチ、すごいだろ。ウチら仲良し、ラブラブ七夕シスターズ。誕生日まで同じなんだぞ」
「マジか?」
「おう、マジだ!」
「オマエら二人して、7月7日生まれなの?」
「そうだよ」
「マジか、オレもだよ」


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ポニイのテイル ★2★ 2つの事件

『ポニイテイル』の原型を書いたのは、今から10年前、2008年になります。その頃は本物の小説家になりたくて、いろいろな小説を書いては、さまざまな『文学賞』に送っていたのですが、1次も通過しませんでした。

ところが2011年、たった3日間で殴り書いた作品(『ポニイテイル』ではありません)が、児童文学で有名な出版社が主催する文学賞の『最終選考に残る』という事件が起きました(『ズッコケ事件』)。

文学賞の最終選考に残る——出版社から電話連絡が事前にあり「あなたの作品が残っていますよ!」と伝えられ、ドキドキしながら電話を待つ。そんなシチュエーションを想像したのですが、実際は事前連絡などなく、選考会は終了し、ファイナルの2作に残ったものの、大賞に値するものは無し、ということでした。

ウェブサイトで結果を確認し、講評を読みました。わずか3日間、ほぼ『ひと筆書き』で書いた小説がある程度評価されていたことに驚きました。審査員にはN先生がいました。私が子どもの頃に何度も読んでいた作品の作家さんです。一番夢中になっていたころは小6のころで、寝る前に自分の書棚の前で「今日はどれのどの場面を読もうかな~」とワクワクしながら、N先生のシリーズものを選んでいたものです。

N先生が私の書いた物語を読んでくれたと思うと、嬉しい反面、自分でも駄作と思えるもの(※その作品は脱稿後、一度も読み返していません)だったので、別の物語を書き直そうと思い立ちました。気まぐれに書くのではなく、スケジュールを立て、執筆を生活の一部に組み込むようにする。その後、同じ文学賞に作品を2回送ったのですが、どちらも1次を通過でき、大賞まで残り数作品というところまでいくようになりました。そのうちの1つが『ポニイテイル(2014年版)』です。2008年に書いた『ポニイテイル』の原型にプレストーリーを加え、リライトした作品です。

また、時系列がズレますが、子ども時代に好きだったN先生の文学賞に応募した2011年の3年前、2008年のこと。私が今でも尊敬してやまない作家森博嗣さんのエッセイ集に、私の書いた『短いエッセイが収録される』という別の大事件が起きました(『Mログアカデミー』事件)。森博嗣さんのことは、すべてがMになるほど尊敬しているのですが、森さんからは『この作品が持っていた優位さは、誰が読むかを把握している点です』という講評を頂きました。

そして、今『note』にアップしている『ポニイテイル』は、2014年に『文学賞用にリライトしたポニイテイル』を、さらにもう1度今(2018年)の感覚で、本来の目的であった『バースデープレゼント仕様』に編集し直したものです。ストーリーや設定自体は大幅には変わらないのですが、パッケージとまろやかさを編集し直したといいますか……10年経って、ようやく完成が見えてきた、というのが実感です。

▲塾で使っている世界各国の国旗が乗っている下敷き

誰が読むかの把握に努める。本から生まれる『現実の物語』をリアルにイメージする。そこから導かれたのが『誕生日にプレゼントしたくなる本』という『ポニイテイル』のコンセプトです。

物語を最後まで読み終えた読者が「この本は誕生日に贈りたいな」と思えるデザイン。「自分が子どもの頃にプレゼントされたかったな」と思えるデザイン。本をプレゼントしたくなる本。文章を書きたいという子が、下手でもなんでも、物語を書きたくなる本。今からじゃ遅いかなと迷ってい大人が、今すぐ表現したくなる本。

本日2018年1月22日、東京は近年まれにみる大雪で仕事が半ばオフになりました。(私は小学生から高校生までが対象の私塾を開いています)外は真っ白です。そんなわけで、いきなり訪れたこの真っ白けっけの大チャンスに、『ポニイテイル』の連載を始めることにしました。

この連載の終わりが、来月なのか、春なのか、夏なのかはわかりませんが、『連載小説』という時間的特性、『note』というメディアの特性を活かして、ゴールまでたどり着けたら思っています。

読後📗あなたにプチミラクルが起きますように🙏 定額マガジンの読者も募集中です🚩