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掌編小説「雨のち晴れ」

「雨ってじめじめしてて、頭も痛くなるし苦手なんだよね」
 サツキは薄紫のパンプスの爪先で水溜りに映る景色を弄りながら、何気なくそう呟いた。
 高校時代の親友だったフミに誘われて、紫陽花の名所に向かっているのだが、やはり六月の中旬、梅雨前線が列島に掛かっている真っ最中。雨でないほうが珍しいとはいえ、久しぶりに会える友人との散歩を邪魔されているようで、サツキはなんだか落ち込んでいた。
「え、そうなの? てっきり、サツキは雨の日のお散歩とか好きなのかと」
「違うよ。それはどちらかというとフミの方でしょ」
 たしかに、と屈託もなく笑うフミに、サツキは肩をすくめた。

 フミは、天気に関わらず天真爛漫だ。太陽のよう、と形容されても過言ではないな、と思うフミの隣に、愛想の悪い自分が三年間も隣にいたことを不思議に思う。
「まったくさ、二年ぶりにフミに会うのに、なんで雨なんか降るんだろって思ったよ」
「……嫌だった?」
「嫌だったら、来てない」
「それもそうか」
 ぶっきらぼうな言葉遣いの中に少し照れがあるのを感じ取ったのか、フミは膝上のスカートを揺らめかせて、足取り軽やかにスキップし始めた。
「ちょ、こんな雨の中スキップなんてしたら、びしょ濡れになるよ」
「いいのいいの。サツキもおいでよ」
「もう……」
 サツキはくしゃりと破顔して、フミの手を取った。高校生の時も、そういえばこうやって雨の中に二人で踊るように駆け出したことがあった。
「フミ、この二年、どうしてた?」
「んー、サークルとかバイトとか。あ、バトミントンサークルの話はしたよね?」
「聞いたよ。随分活動的だなって思った。疲れないの?」
「全然、むしろ気晴らしだよ。サツキは、えっと、なんだっけ」
「華道サークル。でもほぼ幽霊だよ。一人でいる方が楽って気付いてさ」
 むっ、とフミが唇を尖らせた。
「もう、もうちょっと人と関わりなよ、サツキって昔からそうだよね」
「いいの。私にはフミがいるし」
 わりと、本音のつもりだったけれど、フミはぽかんとした。
「何それ、告白?」
「あ、違う、ごめん」
「なんであたしが振られてるの!」
 むくれるフミに、サツキはくすくすと笑いだした。
「まあ実際、ちょっとした人間トラブルがあってね」
 人間トラブルといっても、ちょっと目立つ先輩に目を付けられて弄られていた程度で、それも半年前には終わった話だ。
 だけど、口にすると心が重たくなっていくのを感じた。
「それならそうと言ってよ、説教しちゃったじゃん」
「……うん」
 茶化すような口調のくせに、優しい声色をするものだから、不意にサツキは立ち止まってしまった。一歩先を歩いていたフミが慌てて振り返る。

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