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『花束みたいな恋をした』感想/あの恋を「花束」と呼べることがふたりの本当の才能だと思う

(※ネタバレあり)

まずとても丁寧な映画だと思った。物語に登場するカルチャーやコンテンツがどういう属性を持っているか(持たせようか)、綿密に吟味した感じが凄くしたし、言葉の使い方やフレーズの取り回しも、そのひとつひとつが作品の中でどういう意味を持ってくるのか、観客にどういう印象を与えようというのか、とても細かいところまで作り込まれていると思った。ここがチープだと寒い映画になってしまっていたと思うから、この作品のキモだったように思う。

さて、あなたは運命を信じますか?わたしはけっこう信じています。そしてその言葉の持つ魔力的な魅力は、恋愛とかなり相性がいい。たとえば、会いたいなと思っていたら偶然街で出会ったり、同じタイミングで同じようなことを考えていたり、自分の大好きなものを相手も大好きだった時など、そういう瞬間に「え?これってもしかして運命?」って思う。その気持ちが恋愛感情の強度を高めるのは、ごく自然なことだ。そして我々ロマンチストは、余計にそういうものを、恋愛に強く求めてしまいがちなのかもしれない。

なんでもかんでも運命に繋げて、思い込みの海にのめり込んでいく姿は少し痛々しくて、自分も過去の自分の色々なことを思い出して恥ずかしくなった。でもそれくらい強い想いに真っ直ぐに向かっていける姿は、今のわたしにとっては眩しく思えた。冷静じゃないと言われたってそれが恋だと思うし、そういうものに振り切れる人の方が、変に斜に構えているより清々しいし、失うものも得るものもきっとあると思う。痛いことはどんどんした方がいい。恥ずかしさも潔さも背負えずに、人はどうせいつか身一つで死ぬんだから。

そういう思いもあり、学生時代の麦と絹はポップカルチャーにかぶれたちょっと痛いカップルとしても描かれていたかもしれないけれど、わたし的にはけっこう好感度が高い。

まず麦は大したビジョンもなくイラストレーターを目指していたけれど、イラストもそれなりにクオリティが高いように見えたし、実際に絵で仕事を得られるほどにはなっていた。憧れに身をやつす若者の中で、そこまでちゃんとやり切れる人がどれだけいるのか。結局それでは食べられずに使い潰されて一般企業に就職をしたけれど、就職後もそれなりに活躍していたようだったし、基本的に前向きで行動力もあって努力もできる人なんだというのがわかる。劇場版ガスタンクのくだりもサラリと触れられていたけれど、実際あれだけのものを作るのは、かなりの根気と労力が要ると思うし。行動力のあるオタクかっこいい。

絹も麦との生活を支えるために資格の勉強をしてちゃんと就職もしていたし、麦ほど忙しくはなさそうとはいえ、仕事しながらきちんと自分の好きなものと向き合う時間や余裕を作れていたし、自分のやりたいことや人生を考えて転職も成功させていた。物語終盤、ふたりの別れ際も麦に比べて毅然としていたし、周りに振り回されているように見えて、芯のある人なのだと思う。

そんなふたりの花束みたいな恋は、ありきたりなすれ違いで終わりを迎えるわけだけれど、わたしは何よりふたりの前向きさに胸を打たれた。

ふたりは別れた後、偶然カフェで再会する。それはふたりがかつてのめり込んでいた「運命みたいな」再会だったと思う。でもそんな「それらしい運命」に振り回されてヨリを戻そうとするでもなく、何事もなかったかのように、ふたりは振り返りもせず、互いに手を振りあってその場を後にする。
それはあんなにも運命っぽいことが大好きだったふたりと最も一線を画している描写で、ふたりの前進を示していた(このシーンで麦がひとり、カフェの外で人を待っている素振りを見せるところ。実際は新たなパートナーを待っていただけだったが、あたかも絹を待っているようにミスリードさせようとしているとわたしは感じた)。

自分だったらどうするだろう。おそらく声をかけてしまうんじゃないだろうか。せっかく綺麗に終わったはずの恋の幻影に後ろ髪を引かれて、手垢をつけて、グダグダにしてしまうんじゃなかろうか。
あの恋のどこが花束みたいだったのか、それはその美しさ故なのか、それともいつかは枯れてしまうことを暗喩しているのか、その解釈こそ観客に委ねられている部分だと思うが、わたしはあの恋を花束で終わらせられたことこそが、ふたりの最も素晴らしい、人間としての才能だと思う。

家に帰った後、それぞれふたりはかつての美しかった恋の思い出を振り返る。麦はかつてふたりが住んでいた街をGoogleストリートビューで覗いてみる。そこには偶然、付き合っていた頃のふたりが映っていた。麦はそれを見つけ、ロマンスに浸るでもなく、ただ「すげー!」とあっけらかんと笑う。カルチャーやコンテンツに依らない、ふたりがただ恋をして、自らの意思で共に暮らすことを選んだことで生まれた「運命的な」偶然で作品を締め括るのもまた、綺麗なオチだと思った。

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