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自己紹介④ 現在まで前編

本日は現在まで(前編)のお話を。

退職後、私は1カ月間東南アジアへバックパック1つで旅に出た。自分探しの旅などではなく、アジアの途上国の現状とその文化を肌身で体験するため。小学校3年生の時にタイに行き、日本との文化環境や生活環境の違いを子供ながらに実感し、アジアには以前から興味があった。その旅の詳細についてはまたの機会に。

旅中、自身について思うことが3つあった。1つは、人や動物とコミュニケーションを取ることが好きであるということ。1つは、無知は罪であるということ。もう1つはSNSに1日の時間の多くを消費していたこと。

コミュニケーションについては、幼少期からなんとなくではあるが自分の長所であるということを理解していたため、これは再確認をしたというところ。

次に無知は罪についてだが、私はアジア諸国、所謂途上国は生活に苦しみ、日常に豊かさを見出せず、笑顔を振りまく頻度が日本よりも少ないと思っていた。つまり、お金がないと豊かではないという偏見を持っていたということ。これが大いに覆された。日本では決して豊かとは言い難い生活をしている貧困層の人々は、活き活きと暮らし、笑顔が絶えず、その環境での日常を満喫していた。かく言う日本はどうか。衣食住が整い、選択肢が溢れる環境で自身が選択した道にも関わらず不平不満を言い、変化する勇気を持たず、おおよその人は覇気がなく笑顔が枯渇している。日常の豊かさを欠いているのがどちらかは述べるまでもない。偏見とは、偏った意見と書くが、つまりは一方のことを知らないということである。無知こそが偏見をもたら、偏見が価値観を作り文化を作る。私たち日本人は無知が過ぎるのかもしれない。

そしてSNSについてだが、旅中は海外ということもあり、普段通りにデータ通信が使えず、SNSを見る回数が激減していた。当初はこれに対しストレスを感じていたが、1週間もするとそのストレスは感じなくなり、自分の中でのある変化に気が付いた。1日1日が長く感じるようになり、思考する時間が増え、風景や街並み、人や看板などの周囲の情報に目を配ることが増えたのだ。それは海外を旅しているからと思うだろうが、例え海外でも自由にSNSを使える環境下だとすれば、周囲に目を配ることなくSNSの情報ばかりを見てしまい、思考する時間は減り、1日があっという間に終わってしまうはず。なぜなら空き時間にはSNSを見るということが習慣化されてしまっているから。人は習慣の生き物で、習慣を変えるには大変な苦労を要する。以降、私はSNSを見る回数を極端に減らした。時間を豊かに使い、周囲の些細な情報を逃さぬために。

帰国後、さまざまなビジネスアイデアは持っていたものの、そのどれもがパッとせず実行には移せていなかったため、とりあえずは友人の事業のお手伝いで日銭を稼いだ。その仕事は訪問営業と言われるもので、飲食店や美容室などの店舗様を1軒1軒訪問し回り、商品を導入していただくという古風な営業スタイルだ。情報過多、機能がコモディティ化している現代において、この1対1の営業スタイルは今後確実に必要になってくると考えていた私にとっては好都合であった。2019年11月ごろのことだ。

コミュニケーションが得意とはいえ、特に営業をしたことがなかった私は来る日も来る日も断られ続けた。しかし、徐々に断られる原因がわかってくる。どんなお客様にも同じ声のトーン、同じ話の切り出し方、同じクロージングで営業していたのだ。同じ業界であっても店舗様ごとに課題は違い、もちろん対応をしてもらう人も異なるというのに。やはり人は十人十色で、それぞれに必ず好みがあり、またその逆もある。瞬時に相手の属性を見分けて営業スタイルを変化させることを意識してからは、受注をいただけるようになった。決して成績が優秀であったわけではないが、この課題を見つけて改善を行い、実行に移す作業が楽しかった。そしてこれが仕事であることを実感した。多くのサラリーマンは思考が停止し、何かを改善し生み出すという発想が欠けているようだ。それは仕事ではなく業務であるということをこの営業を通じて学ぶことができた。

本年2020年のお話はまた明日。

まとめると、中華料理店の醍醐味であるあの回転する円卓テーブルの発祥は、中国ではなく日本らしい。

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