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2.五ノ井酒店

~今宵はどんなお酒を送ろうか~

ジャンヌダルクとスノードロップ spin off 番外編

「パパ!もも、アイスクリーム食べたい!」

娘にクイッと袖のはしっこを掴まれて、小さいながらの力でグイグイと父はアイスクリーム売り場まで誘導される。

しょうがないな、と彼、高橋和樹はズボンのポケットから財布を出す。

(ここに連れてきたのも親の都合だしな。これくらいの我が儘きいてあげるか)

近くで菓子土産を眺めている息子にも声をかけ、2人にアイスクリームを選ばせる。

ここ、湯川・会津坂下の道の駅は土日になると多くの客で溢れかえる。
野菜や肉、米等の販売はもちろん、奥で喜多方ラーメンも食べれるし地元の野菜や果物を使ったアイスクリーム、焼き菓子販売店も並んでいて、観光客と地元の人両方が入り混ざり大賑わいだ。

「にぃに、何にするの?」

娘の桃花は兄の顔をうかがいながら、アイスクリームが並んでいるショーケースをチラチラ見ている。

「うーん、苺も食べたいけれど、チーズケーキもいいなぁ…」

首を傾げながら悩む兄に対して桃花はニマッと笑って提案する。

「にぃにが苺かチーズケーキどっちか選んだら、ももが、もう片方にするよ。半分こして食べよう」

妹の提案に兄は、そうしよう!と嬉しそうだった。

仲良しでよろしい、と心の中で思いながら父、和樹は子供達の後ろから「苺とチーズケーキ、1つずつお願いします」と販売スタッフの女性に注文をする。

子供たちのやり取りを見ていたのか、販売スタッフの女性は「かしこまりました」と言いながら、フフッと笑ってアイスクリームをカップに掬った。

「はい、どうぞ」

女性の手から子供達の小さい手にアイスクリームが盛られたカップが渡される。

「おねぇちゃん、ありがとう」

アイスクリームが盛り付けられたカップを受け取り、子供達は嬉しそうだ。
そんな様子を眺めながら和樹はホッと一息つく。

高橋家は妻の夏帆が薬剤師対象の女性ヘルスケアの講演の為、遠征で福島県の会津若松市まできていた。
夫の和樹は講演の時間前に夏帆を送り届けて、子供達2人を連れて会津観光だ。

観光とは言えど「子供達の面倒を見る」という業務は普段の仕事をこなすのと同じくらい責任が重たい。
でも、時折見せてくれる子供達の笑顔はこちらも幸せにしてくれるものだ。

(夏帆も講演頑張ってるから何かプレゼントを出来たらどうだろうか)

そういえば、夏帆の友達と名乗る誰かから贈られてきた会津坂下のスノードロップというヨーグルトのお酒をとても喜んでいたなぁ、と和樹は思い出す。

ここ福島県は日本酒の聖地と言ってもいい。

中でも会津地方は福島県で言う酒蔵のメッカと呼ばれてもおかしくはないだろう。

さっき和樹が子供達を連れて鶴ヶ城を訪れた時も男性観光客が天守閣からの景色を背景に日本酒の写真を撮ってたっけ。
うすピンク色のラベルだったし、春酒だろうか。

自分の分のお酒もお土産に欲しいけれど、夏帆にもお酒を買っていってあげよう。和樹はアイスクリームを食べ終わった子供達に声をかける。

「ママ今日お仕事頑張ってるから、ママへのプレゼント、一緒に買いに行こっか」

和樹の提案に子供達は目をキラキラさせて「うん!」と返事をする。

和樹はアイスクリームが綺麗に無くなった紙カップを子供達から預かってゴミ箱に捨てると、2人の手をひいて駐車場に向かう。

子供達が車に乗ったのを確認して自分も運転席へ乗り込んだ。Googleマップで近くの酒屋を探す。

「おっ、ここ良さそうだな。五ノ井酒店…っと」

目的地を設定して和樹は車を発進させる。
会津坂下の町並みはコンパクトではあるが、商店街前の道は意外と広く走りやすかった。

ナビに従って車を走らせていくと商店街外れの奥にその酒屋はあった。民家の間隣にある、こじんまりした店だ。駐車場は大きめのバス1台と普通車が数台おけるスペースがあった。

何故かディズニーのアラジンのキャラクター像が入り口で構えてお出迎えしてくれている。

空いてるスペースに車を停めて、車から降りた子供達の手をひいて和樹は酒屋の入り口に向かう。

「いい?お酒が沢山並んでいるお店だから走っちゃダメだよ?シーッだからね」

和樹の注意に「分かった。シーッだね」と桃花は口元に人差し指を当てて和樹を見上げた。
兄は桃花の横で大きく頷く。

店の引き戸を開けると先客がいたのか、韻の強い会津弁が聞こえてきた。

「だから!飛露喜は、ねぇって言ったべした!」 

声の主は酒屋の店主だった。どうやら客に絡まれているようだった。
飛露喜と言えば福島県会津坂下、廣木酒造のお酒でプレミア酒で有名な商品だ。
日本酒にどっぷりハマってもない和樹でも分かる。

プレミア酒とは、とても美味しくて日本酒を飲んだことがない初心者から好まれるようなお酒だ。初心者から好まれるということは日本酒マニアからも勿論好まれる酒ということで、とても手に入りづらく転売という形で売り出されることもある。

五ノ井酒店はこのお酒を扱っている酒屋ではあるが、この客の店の訪問は初めての様子。
転売の問題も色々あるし、在庫が本当にないこともあり得る。その客に売れるかどうかは店主の見極めで、ケースバイケースであることが殆ど。

店主の圧に客はしぶしぶ「ないなら、しょえがねえな」と引き下がりその場を穏便に済ませたようだ。

和樹はその光景を生で見て少し驚いた。子供達もそのやりとりの様子にビックリしたのか、少し引き気味でダンマリと口をむすんでいる。

客が去ったかと思うと、店主は無表情でレジの横にある作業場へ段ボールの組み立てに戻った。

五ノ井酒店の店内はまるで「図書館」のようだ。
ズラーッと並ぶ本のように酒が並んでいる。

入り口から向かって右奥はワインのコーナー。
左側、レジの奥の冷蔵庫は全て日本酒だ。
日本酒の冷蔵庫の向かい側に焼酎やリキュールのコーナーがこじんまりとある。

レジ寄り一番手前の日本酒冷蔵庫の中に和樹は目的のものを見つけたようだ。

「あった!スノードロップ…!」

会津坂下の会津乳業と曙酒造がタッグを組んで造ったヨーグルトのお酒。和樹は冷蔵庫のドアをひいて商品を手にとった。

(夏帆、喜んでくれるかな)

喜んでくれる妻の顔を想像して口角がつい上がってしまう。ふと子供達に目をやると、なにやら兄と妹2人でリキュールコーナーの商品を静かに見つめている。

父の視線に気付いた桃花が一言、和樹にねだる。

「パパ、もも、あれがいい。ママにあげるの」

桃花が指を差した先には和紙の小さめラベルにピンクの紋章、中身はオレンジと褐色の間のような色の液体が入った瓶。どうやら桃のお酒のようだ。スノードロップは買うと決めたし、どっちかにしたい。

「桃花、ママに買うお酒、このヨーグルトのお酒にしようとパパは思ってるんだ。これじゃダメかな?」

和樹は手にとったスノードロップの瓶を娘に見せたが、桃花は首をブンブン横に振って静かにうつむいた。

「やだ。もも、これがいい」

桃花は自分の主張を素直に伝えてくる子ではあるが、いつも兄や親の気持ちを尊重してるが故に空気を読んで相手に合わせる傾向があった。

ここまで自分の主張をハッキリ親に伝えてきたのは初めてかもしれない、と和樹は思う。さて、どうしようかと悩んでいたその後ろで声がした。

「お嬢ちゃん、見る目あるな」

和樹は声の方向に振り返る。酒屋の店主だ。
目が合って彼はニッと笑う。

「その酒、スノードロップと同じ蔵の酒なんだべさ、んめぇよ」

酒のラベルには【曙色桃酒】と書いてあった。
瓶を手にとって裏のラベルを確認するとスノードロップを造っている曙酒造の名前が記載されていた。

店主に褒められたことが嬉しかったのか、桃花の顔がワアッと明るくなった。そして首を傾げながら和樹にもう一度ねだる。

「〝もも〟のおさけ、だめかなぁ?」

それを聞いた和樹はふと酒が置いてあった場所に目をやる。銘柄の名前、桃の絵と共に「もものおさけ」と描かれた店主の手書きポップ。
4歳の桃花はその平仮名を全て読んでいたのだ。

子供の成長は些細なこういう場面で気付かされる。

ふーっと息を吐いて和樹はしゃがんだ。
娘の目線と高さを合わせたのを確認して口を開く。

「今回は、桃花が選んだお酒もママに買っていこっか」

和樹の一言に桃花は、やったぁ!と満面の笑みだった。隣でやりとりを見守っていた兄も「ももか、よかったね」と、なんだか嬉しそうだった。

ふと時計を見ると妻の講演が終わる時間まで1時間をきっていた。そろそろ会津若松に戻って妻を迎えに行かなくてはならない。

和樹は自分の分のお土産も、と店のオリジナルの日本酒を追加でカゴに入れてレジで会計を済ませる。

さっきの店主の笑顔は気のせいだったのだろうか。
和樹達が購入した酒達に店主は無表情で緩衝材を撒いている。

和樹は持ってきた買い物袋に購入した酒を突っ込んで、行くよ!と子供達に声をかける。

父の後に続いた桃花は店のドアを目の前にピタリと止まった。振り返って酒屋の店主を数秒見つめて、声をあげる。

「おじちゃん!さっきはありがとう!」

桃花は小さい手を左右に振った。
妹につられて兄も小さく店主にバイバイと手を振る。
「あぁ…スミマセン」と和樹は振り返って店主に会釈をした。

子供達に手を振り返しながら、店主はボソッと一言呟く。

「……ママ、喜んでくれるといいな!」

また、こらんしょ、と笑った店主の顔が酒屋の入り口ドアを閉める瞬間、和樹の瞳に映った。

(あの笑顔は気のせいじゃなかった)

車に子供達を乗せて購入した酒を積んだ和樹は一人言を呟きながら運転席に腰掛ける。

会津若松駅にナビを設定していると、娘が横からぴょいっと顔を出した。

「もものおさけ、ママ、喜んでくれるかな?ももと同じだよ」

桃花は自分の名前と同じ名前のお酒だと気付いていたのだろう。自分で選んで自分で決めて母にプレゼントしたかったのだ。

なんて愛おしいのだろう、と思う。


講演が終わった妻に、夏帆に会ったら、話したいことが沢山ある。
今日起きたことの一体何から、どこから話そうか。

娘の頭を左手でクシャッと撫でて、和樹は自信満々に言った。

「喜んでくれるよ。絶対。これから、ママのところに向かおう」


子供達とキャッキャと笑い合って和樹は会津若松方面へと車を走らせた。

ージャンヌダルクとスノードロップ spinoff 【完】ー

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