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どんぐり集めvol.1「トドカナイカラ」

はじめに

最近は完全にフルリモートなので、よく曲を聞くようになって痛感したことがある。
やっぱり「言葉が好き」だということ。
将来はなにかしらでかかわっていたいなという気持ちが強くなっているように感じる。
いつかのための一歩として、自分の好きな言葉を集めてみることにしてみた。

タイトル「どんぐり集め」の理由

どんぐり集めという名前にしたのは、子供のように自由に好きなものを見つけたらポケットに入れて持ってきちゃうような気持を綴っていきたいという願いを込めて。
(季節感ないけど、感覚的に、セミの抜け殻とか小石とかそういう感じじゃなくて、両手に溢れるほどいっぱいにもったり、ぽっけにたくさんお気に入りのものだけ入れていく感覚から。ちょっとどこかださいけど、それもまたご愛敬。ふふ)

◆「トドカナイカラ」平井堅

(以下歌詞引用)

昨日より君が好きなのに 昨日みたいに上手く出来ない
二人がはしゃいだ言葉はあっと言う間に 忘れてしまった
並んで座ったベンチで 手をつなごうか迷ってた
何故か君にだけ僕が伝わらない それだけ分かった
捨てる様に 日々を生きてきたけど
君は僕を まともな怖がりに変えてしまった

毎日君を抱きしめても どんなに強く抱きしめても
0.1mmの不安が狭まったまま
毎日君に恋するため 毎日君を抱きしめよう
忘れるから 移ろうから 届かないから
大好きと笑って欲しい

キレイと言った夕焼けを 慌てて僕は探すけれど
0.1秒の遅さで 色を変える
毎日君を抱きしめても どんなに強く抱きしめても
0.1mmの不安が狭まったまま
毎日君に恋するため 毎日君を抱きしめよう
忘れるから 移ろうから 届かないから
大好きさ 笑って欲しい

スキの理由

まともな怖がりに変えてしまった

く~。なんだよ「まともな怖がり」って。こういう異様に心惹かれるフレーズにたまに出会えたときに、生きててよかったなと思う、心が震える瞬間。
少なからず私が29年間生きてきた<ボキャブラリー辞典by私の人生>の中に「まともな怖がり」という表現は存在しない。
こういう組み合わせが、とにかくたまらん。大声を出したくなるくらい、たまらん。
「まとも」と「怖がり」は良くある言葉なんだけど、
「怖がり」だけだった場合は、<恋に臆病な僕>とか、<とにかく好かれたい僕>とか抽象度が高い感覚なんだが、
「まともな怖がり」は<捨てる様に日々を生きてきたにも関わらず、好きすぎて結局君には太刀打ちできなくて、僕はただの恋する臆病者になってしまう僕>になっているような気がする。
「まともな怖がり」になった瞬間に、想像する世界の解像度やがぐっとあがり、ぐっと広がる感覚があるのだ。

(おまけ)
0.1mmの不安が狭まったまま
0.1gの孤独 分け合ったまま
0.1秒の遅さで 色を変える

1つの歌の中で「0.1」という数字で多彩な表現をしているこの箇所も好き
0.1mmの不安のもろい感じも、孤独をgで表しているところも、0.1秒なのに遅いという表現も好き。

編集後記

月~金まで駆け抜けて、土日も少しずつ仕事しないと回らない状況にある中で、それだけやっていると頭おかしくなりそうで。
上記で書いたようなことを感じられている状態は、自分の心の余裕を表していて、私のメンタル状況を把握するための一つの指標かもしれない。
逆にメンタルダウンしているときは、これらを見返して子供のどんぐりのようは宝物たちを眺める時間を持ちたいと思った。

最後に最近思っていること

コーチングとしてはバックキャスティング思考という思考で、未来をありありと具体的に描いていくことによって進めていくんだけど、そのギャップが明確になることで逆に意気消沈するときも、自分の危険信号なんだと思う。

そんなときは、過去の自分から今の自分を見てあげたらいいよ、と友人が言ってくれた。
そうしたときに、過去の自分が「いいっすね、今のあなた」「これもできてるし、これもできてんじゃん!」「頑張ってんね~」と労ってあげたい。

理想の状態にはまだまだ遠いかもしれないけど、ずっとそれを追いかけていることは、時に今の自分を否定することになるのだなと。
向上心は私の強みだが、長所が自分の首を絞めてしまうことがあることも、しっかり念頭に入れてあげたい。

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