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#41 「喫茶店」と「公衆電話ボックス」

「まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき 、、、」教室に響く高校時代の国語の先生の声。作家の島崎藤村の名前を見ると聞こえてきます。脳の中の記憶は何かと結びついています。例えば、ニオイ・オト・キモチ・エピソードなど。私の場合、「島崎藤村」は、あの先生が『初恋』の冒頭を教室で諳んじ(そらんじ)ていた記憶とつながっています。岐阜県と長野県の県境にある旧山口村(現中津川市)馬籠(まごめ)は、中山道の宿場町で、”木曽路はすべて山の中”になる入り口で、まさに山口(やまぐち)でした。

 高校一年春の遠足で馬籠を訪れ、藤村記念館を見学した時、国語の先生はニコニコ顔でした。私はクラスの友達と昼に土蔵を改装した喫茶店で食事をとり、店の中にあった”公衆電話ボックス”に入って、岐阜の自宅に100円でどれだけ話ができるかを、みんなで予想して実験しました。バスで移動した長野県側の妻籠(つまご)でも同じ実験をして、県境をまたぐと短くなることを確認し、みんなで大発見でもした気分になり喜んでいました。(”阿呆”ですね。)

 次に馬籠を訪れたのは、大学生時代に藤村の『夜明け前』を読んでからです。JR中津川駅から徒歩で坂下にある復元された石畳道を歩き馬籠の民宿で一泊、翌日妻籠まで歩き「夜明け前」の主人公の気分を想像していました。

 子供が生まれてからの日帰り旅行でも、馬籠を訪れました。駐車場から坂道を歩き始めようとすると、なんとあの高校時代に入った土蔵の喫茶店がまだありました。家族とコーヒーを飲んでいると、あの電話ボックスが店の中にまだありもう一つ驚きました。旧中山道の宿場町を景観保護している観光地だからかもしれません。30年ほど前の高校生の頃の喫茶店と、あの公衆電話があったことで、私は嬉しくて顔が”ほころび”っぱなしでした。(まるで、あの国語の先生のように。)藤村記念館を見学して宿場町の雰囲気を堪能して帰ろうと坂道を下っていると、あの喫茶店は、営業時間を終え閉まっていました。もし馬籠に到着する時間があと1時間遅れていたら、あの喫茶店に気付かずに坂を上り帰っていたかもしれません。なんという幸運。(ラッキィー。) でも、もし高校時代に、あの国語の先生のあの朗読を授業で聴いていなければ、、、。 思えば、人生は偶然の積み重ねですネ。

「まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき 、、、」先生の声が聞こえます。