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星野源さんのうんこネタで音読の宿題を乗り切った小1とその母の話

長男が小学校に入学し、3ヶ月。家族全員で壁にぶつかっている。

何に対してものんびりで、人と比較せず、でも変なところ完璧主義で、いろんな意味でマイペースな長男。それは長男の良いところであり、同時に私たち親の悩みの種でもある。

それがとことん発揮されたのが「宿題」だ。

そもそも長男はひらがなを覚えずに入学した。

保育園のときから、うんこドリルでひらがなの勉強をすることもあったが、変なところにこだわる完璧主義が発動し、少しでも線が曲がったり、思い通りに書けないと「もうやだー!!!」と、泣いてふれくされるような状態。

「もうどうしようもねえ…」と思い、保育園の先生に相談すると「とにかく自分の名前だけ書ければ大丈夫」「入学すればひらがなから学ぶから、いまは無理して勉強させようとしなくて良い」とアドバイスをもらい、無理するのをやめた。それにより私も心が幾分か軽くなった。

きっと小学校に入って、数ヶ月経てば、ひらがなだって読めて、音読もできて、何不自由なく過ごすはず。そう思って見守ることにした。

そして入学して3ヶ月が経った7月初旬。
状況はどうかと言うと……

まだまだまともに読めないんですけど!!

ひらがなは全部習って覚えたものの、文章が読めるかというと、また別の問題。一文字一文字を読むだけで、単語や文章としての理解が相当乏しい。

例えば、「おいしい」と書いてあれば「お」「い」「し」「い」と一文字ずつ必死に考えて声に出すから「おいしいという意味である」ことに気付くのにすごく時間がかかる。

その余波として、算数の計算はわりと得意だけど、問題文がちゃんと読めないので、問題が理解できない。だから正しく答えられない。

音読もすごくパワーがいるようだし、なかなか先に進まない。

これって、かなり大変な問題じゃないか……。

7月に入り私も夫も焦ってしまった。

思わずスマホを取り出し「1年生 1学期 読めない」で検索したほど。すると、さまざまな意見があり、なかには親を不安にさせる「こういう可能性があります」などの文字も……。これは親が不安になるやつだ!

それでもまだ入学して3ヶ月。何が原因であろうと、今はとにかく私たちも本人のやる気を削がないように、毎日、宿題の声かけをして見守る。そう心に決めた。

そうは決めたものの、頭のなかでは、

私、育て方を間違ったかな。
私が自分が仕事したい!自分のしたいことしたい!って好き勝手した結果なのかな。
もう少し小さいうちに、できたことがあったんじゃないのかな。

そんな想いがぐるぐると巡る。

私はちゃんと子供たちのこと、見れているのだろうか。
母親としてやるべきことをできているのだろうか。

自問自答を繰り返すけれど、日々は進んでいて、宿題は毎日やってくる。

ある日、音読の宿題がまったく進まない日があった。本人も疲れていて、少しでも読むのにつっかえると「もうむりー!」と、椅子に崩れ落ちる。

こりゃどうしようもない。

私はこの状況をただただ悲しく思った。

だって、私は本を読むのが子どもの頃から大好きだから。もし長男がこのまま音読が嫌いになって、本も読まなくなったら、私はただただ悲しい。本のなかで体験する新しい出会い人やできごと、行ったことも行くこともできない場所。そんな世界を覗くことすらしないとしたら、悲しすぎる。

もし私のせいでそうなってしまうのなら悔やんでも、悔やみ切れない。

そう思った私は、長男にこう伝えた。

「ママは本を読むのが大好きなの。それはね、本のなかには知らないこととか、面白いことがたくさんあるから。だから、文字を読めるようになって意味がわかると、すっごく楽しいんだよ。」

息子はうなだれながらも、私の顔を見て、話を聞いてくれた。

「じゃあ、ママも好きな本を音読してもいい?」

そう聞くと「うん」と言った。

このときの私には、流れでそう言っただけで、音読する本を決めていたわけではなかった。

でもあれは奇跡だったのだと思う。なんと、ソファに置き去りにされている星野源さんの『そして生活はつづく』が視界に入ったのだ。

私が今朝読んでいて、そのままになっていたんだっけ。

この本はもう何回か読み直していて、内容は把握している。視界に入った瞬間「これだ!!!」とビビっときた。「この本を音読しよう」と。本全体をパラパラとめくりながら私は、一か八か、息子が好きであろうエピソードを読み上げた。

それは、源さんが小学生のとき、校庭から校舎の屋上に石を投げるという遊びをしていて、誤って最上階の教室の窓に投石してしまい、窓ガラスを割った。しかもその教室には人がいて、大問題になった、というエピソード。

息子が理解できるよう、何度も、時に単語を解説しながら読んだ。

すると、息子は目を輝かせて「え!そんなことしていいの?!」「そんなに石飛んじゃったの?」「えーそんなことある?」と興味津々。

長男自身にも身近な、小学校でのエピソードだったからこそ、リアルに想像ができて「自分ごと」のように捉えられたのかな。そのキラキラとした目で頭の中でいろいろな想像をする息子の顔は、とっても嬉しそうだった。

私は調子に乗って、「もう一個読むから待って!」とページをパラパラとめくった。

これはいける、息子に本の面白さを伝えるチャンスだ……!

もうこれしかない。星野源さんの真骨頂といえば…うんこネタだ…!どこだったっけなぁ…。星野源さん、真骨頂なんて言ってごめんなさい。でも、あなたのうんこネタが今、私たち親子を救う唯一の道なのです!

心のなかで星野源さんに謝罪しつつ、私はこの本で特に印象的なあのエピソードを読み上げた。

トイレに間に合わず漏らしてしまったそれを校舎の壁に投げつけ、壁に茶色いナイキのマークがついた。それが「うんこナイキの謎」として学校中で話題になったが、卒業まで知らんぷりをしていた。

という話。

もう私が音読している途中から息子は「プププ…」と笑い始めていた。「うんこ」というワードを聞きつけた3歳の次男もそれまで遊んでいたおもちゃを置き、こちらへ急いで向かってきた。

右側に長男、左側に次男。真ん中には『そして生活はつづく』を音読する私。もうみんな笑いが止まらない。

これもまた星野源さんの小学校の授業中に起きたエピソード。きっと長男の頭なかでは、自分の小学校の玄関の壁にこびりついた茶色いナイキのマークを想像したことだろう。

そうそう!それでいいんだ!読書の面白さってそこにあるよね!!

ヒーヒー言いながら笑う息子たち。星野源さんの経験と言葉が、ちゃんと小さい子どもにも届いて、みんなで笑ってる。

そして、笑いが落ち着いた頃、音読に興味が持てなかった小1男児が、おもむろに教科書を手にした。

そして宿題の音読を始めた。その日の音読の宿題をやり遂げたのだ。

親として迷って、心配で、どうしようもないこの瞬間に、私を救ったのは間違いなく星野源さんだ。

きっと息子たちの頭の中には新しい世界がぐぐぐっと広がったことだろう。見たこともない星野源さんの通った小学校。最上階の窓。うんこを投げつけた校舎の玄関。そしてまだ見ぬ星野源さん。

この本を読まなければ、息子たちが出会うことのなかった世界。音読の見本を見せるネタとして正しかったかどうかはわからない。でも少なくとも、長男はその日の音読の宿題を無事に終えられた。

それだけで母はもう泣けちゃうし、あのケラケラ、ヒーヒー言いながら笑う顔を思い出すと、とっても幸せな気持ちになる。子どもたちにはいつだって笑っていて欲しいもの。

それからの長男は、音読だけてなく宿題全般を前向きに頑張っているし、私も仕事を以前よりも早く切り上げて、一緒に宿題をやる時間を長く取るようにしている。毎日少しずつ成長しているし、何より本人は読むことを楽しんでいるように見える(もちろん、そうじゃない日もあるのだけれど)。

子供たちがもう少し大きくなったら、この本について絶対に語り合いたい。星野源さんのコンサートは8年くらい前に行ったきりだけど、いつか子ども達と行きたい。

きっとその頃には「覚えていないだろうけど、あのとき大変だったんだからね!」っ笑い話になってるかな。


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