ポチの仕事【ショートショート】
彼の名はポチ。彼の仕事は屋敷の主、大富豪の家を守る誇り高きだった。彼の使命はシンプルだが重要だった——屋敷に足を踏み入れる全ての者に吠えること。ポチはこの任務を忠実にこなし、彼にとって唯一無二の存在であるご主人様にだけ心を許していた。
ご主人様はいつもポチを可愛がってくれた。体を磨いてくれる時の温かい手、柔らかな声、そして時折見せる微笑み。そのすべてがポチにとっては宝物だった。彼はご主人様を愛し、その愛に応えるためにも、彼は他の誰にも懐かないようにしていた。誰がご主人の敵か分からないからだ。
屋敷には多くの人々が出入りしたが、ポチは誰に対しても吠えた。それが彼の仕事だったからだ。ポチは、自分がご主人様を守るための「最後の砦」であることを誇りに思っていた。
ある日、いつもと違う日常が訪れた。ポチが金庫の前で見張りをしていると、誰かがやって来た。顔を隠しており、いかにも怪しい。普段はここには誰も近づかないため、ポチは反射的に吠えようとしたが、その時、目の前の彼に話しかけてきた。
「ポチ、今日は吠えなくていいんだ。」
その声はご主人様のように優しかった。ポチは一瞬、混乱したが、撫でる手からご主人様に違いないと信じた。ご主人様がわざわざ自分の姿を変えてまで屋敷を見回り、ポチを試しているのだと考えた。ポチは喜びに満ちた表情で尻尾を振り、指示に従った。金庫に手をかけ、開けて中身を取り出しても、ポチはただ黙って見守っていた。
それを見て、「僕の役目はここで終わったんだ」とポチは思った。ご主人様が自ら金庫を運び出すのなら、それを阻止する理由などない。ポチは誇らしげに胸を張り、その場を去るご主人様を見送った。
その晩、ポチは久しぶりにぐっすり眠った。長年の仕事がついに認められ、もう吠える必要はなくなったのだと感じた。彼は幸福感に包まれて夢の中で遊び、何もかもが完璧だと思った。
翌日、大富豪は異変に気づいた。金庫が空っぽになっていたのだ。彼は血相を変えて防犯カメラの映像を確認し、そこで見たのは清掃員が金庫を開け、持ち出す姿だった。映像の中でポチは、ただ静かにその行為を見守っていた。
「なんてことだ…!」大富豪は怒りで震えた声を出した。
「昔、ブリーダーに番犬を飼いならされて大金を盗まれた経験があるからこそ、最新のAI防犯カメラを導入したのに、今度は清掃員にやられるとは…!」
彼は怒りに任せて、カメラの電源を切り、部屋の片隅に放り投げた。
ポチは知らない。彼が「ご主人様」と信じた相手が、ただの清掃員であり、自分が長年守り抜いたはずの屋敷の財産をその清掃員が持ち去ってしまったことを。
ポチはただ、自分の任務を全うしたと信じ、安らかな日々を過ごし続けた。
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