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思い込み【ショートショート】

N氏は、どこにでもいる普通のサラリーマンだった。日々の仕事に追われ、帰る頃にはヘトヘト。そんな生活に嫌気が差しつつも、特に大きな変化もなく、同じルーチンを繰り返していた。

ところが、ある日、何気なく立ち寄った骨董屋で、運命を変えるものを見つけた。それは、古びたランプだった。光を失った金属に、埃が厚く積もっている。

「…まさか、こんなベタな展開あるわけないよな」

そう思いつつも、N氏は手に取ってみた。手触りはざらざらしていて、やたらと古めかしい。セール品にもなっており、昼食一回分くらいの値段で購入した。

家に帰り、興味本位でランプを軽くこすってみると、驚くべきことが起こった。

煙がもくもくとランプから立ち上り、それは瞬く間に人の形をとった。N氏は目を疑った。目の前には、どこか異世界的な雰囲気を漂わせた「ランプの精」が立っていたのだ。

「お前が、私の新しい主人か?」と、ランプの精が低く響く声で言った。

N氏は驚きつつも、やがて状況を飲み込んだ。「これはあの、魔法のランプの話だ…」と、半信半疑ながらも確信する。

「お前には、三つの願いを叶えてやろう」

その一言で、N氏の胸に高揚感が湧き上がる。現実にはありえないはずの状況が、今ここにある。そして、彼は三つの願いを使えるという。

「…三つか…」N氏は深く考え込んだ。

ここで欲に走って、浅はかな願いをするのはまずい。過去の物語では、どれも三つ目の願いが災厄を引き寄せる要因になることが多い。N氏はそれをよく知っていた。だからこそ、慎重に行くべきだと自分に言い聞かせた。

「じゃあ…一つ目の願いだ。俺の借金を全て消してくれ」

さっそく現実的な願いを選んだ。ランプの精は、無言のまま指を鳴らした。それだけで、N氏の口座は瞬時にプラスになり、あらゆる借金が消え去った。

「おお…すごい、本当に…」

N氏は歓喜しつつも、次の願いについてはもっと慎重にならなければならないと感じた。残り二つ。特に、三つ目の願いには要注意だ。何か恐ろしいことが起こる気がする。

そこで彼は、一つの結論に至った。二つ目を、実質最後の願いにすればいい。三つ目を使わなければ、悪いことは起こらない。三つ目を永久に残しておけばいいのだ。

「じゃあ、二つ目の願いを言う。今後、俺の人生にチャンスが舞い込み、何事も成功するようにしてくれ」

ランプの精は再び指を鳴らす。そして、N氏の周囲に一瞬、不思議な光が広がった。これで、彼の人生は成功の連続になるだろうと確信した。

だが、次の瞬間、何かが違うことに気づいた。周囲の景色がぼやけ始め、視界が揺れ動いた。

「なんだこれ…?ちょっと待て、まだ三つ目の願いは言ってないぞ!」

慌てたN氏は、精に向かって叫んだ。しかし、ランプの精は不気味な笑みを浮かべていた。

「お前は三つ目を使わないつもりだったようだが、それも関係ない。二つ目の願いを叶えた時点で、お前はもうこのランプに閉じ込められる運命だったのさ」

その言葉とともに、N氏の身体は急速に小さくなり、やがて完全にランプの中へと吸い込まれてしまった。

気がつけば、N氏は暗闇の中にいた。周囲はどこまでも無限に広がる空虚な空間だった。そこに出口はなく、ただ永遠に続く沈黙があるだけ。

「どうしてだ…まだ、三つ目の願いを使ってないのに…」

声は虚しく響くだけで、誰にも届かない。

遠くから、ランプの精の声が再び聞こえてきた。

「人間はなぜか三回目までは大丈夫だと勘違いする。でも、それはお前たちの思い込みに過ぎない。そんなの、私の気まぐれでしかないのに」

ランプの精の声が消えると、N氏の運命は静かに、そして永遠に閉じられた。次にこのランプをこする愚かな者が現れるまで、彼はこの暗闇の中で待ち続けることになるのだった。

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