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迫り来る便意と、落とせない大学の単位。#一駅ぶんのおどろき

激しくうんこが盛れそうだった。

完全に下痢だ。ストレスによる下痢だ。

俺は大学の試験を控えていた。しかも、卒業が決まるか決まらないかの重要な試験だった。科目は一般教養。誰しもが遅くとも2年生までに取り終えるそれを、俺はあまりのだらしなさから3回も落としていた。

でも今回はちゃんとテスト勉強をしてきた。授業もちゃんと出てたし、中間レポートも提出した。後は評価の6割を占める期末テストだけだった。しかしその期末テストを、性来のだらしなさではなく、激しい便意によって落とそうとしている。

終点の池袋まではあと15分もあった。永遠かと思われるほど長い15分だった。腹部を起点とした寒気が全身に伝っていく。もうだめだ、このまま漏らしてしまいたい。今もし、俺の目の前に全裸の橋本環奈が現れても俺は拒否するだろう。俺が欲しいのはそんなものではない。TOTOの水洗便所。いや、うんこまみれのポットントイレだっていい。

腹痛の波が一旦おさまる。下痢の腹痛というのは不思議だ。ピークと閑散期が明確に別れている。せめてあと15分は閑散期でいて欲しいのだが、しかし腹痛くんは俺の希望に応えてはくれないだろう。

冷静になった頭で今後のスケジュールを考える。もし次の練馬で降りたら、池袋到着はテスト開始の1分前になり、ジエンドだ。途中下車はなんとしても避けたい。そのためにはこの15分をなんとしても耐えなければいけない。

閑散期から腹痛が一気にピークに戻る。悶えそうなほどの寒気に、俺の尻の穴は一瞬緩みそうになる。視界の端で古文単語を読んでいる女子高生が見えた。ダメだ、俺はあの子の前では漏らせない。そんなクソみたいな大学生の姿を見てしまったら、彼女は今後勉強する気なんて起きなくなり、人生のレールを大きく踏み外してしまうだろう。だから彼女の将来のためにも、俺の将来のためにも、今は耐えるしかないのだ。

俺は7月に大手証券会社の内定を承諾していた。必死に面接対策とOB訪問をしてつかみとった内定だった。家族は大喜びし、彼女は俺との結婚を本気で考えている。しかしここで途中下車という名のドロップアウトをかましたら、全ての努力は水の泡になる。耐えるんだ俺、就活以上の全力を出すんだ俺。

練馬を通り過ぎる。よしもう少しだ、ここまで来ればあと8分もない。小さな閑散期がくる。冷静な頭になる。テスト会場に行ったらすぐに学生証を出してトイレに向かおう。その後は許しを請えば問題なく受験させてくれるはずだ。

池袋まであと2分になる。しかしここでピークがまた来た。今まで経験したことのないようなピークだった。寒気が全身を包み込んで、俺を離さなくなった。

射精のあとの賢者タイムと表現したらいいのだろうか。賢者タイムの賢者が俺の方を見て、手招きをしていた。漏らしたあとの快感を、俺は先取りして感じ始めた。ふと、尻の穴が緩んだ。

あ、洩れる。

その瞬間、電車のドアが開いた。俺は誰よりも早く外に出ていた。考えるより先に体が動いた。自動販売機の横にトイレがあった。ペットボトルがたくさん入れられた、変わった形のトイレだった。

俺はズボンを脱いで、トイレに尻を押し当てた。そして、勢いよく下痢便を発射した。

間に合った…

俺はバッグからテスト範囲のノートを取り出し、一枚破った。完璧なテスト勉強をしてきた俺には、不必要な一枚だった。

尻を拭き終わる頃には、人の波は地下に吸い込まれ、駅のホームは閑散としていていた。

そして俺は腕時計をチラ見すると、勝ち誇った笑みを浮かべ、改札の方に向かって歩き始めたのだった。

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