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表現者はおしなべて社会不適合者だ。

幼い頃から、ずっと社会が嫌いだった。

私は、人がいる公園では絶対に遊ばない子供だったという。

日も暮れかけ、他の子供が全員帰ったのを確認してから、砂場で1人で遊ぶ。

だから夕飯の時間がいつも遅くなって、私の母親は困ったそうだった。


小学生のときやっていた、サッカーもそうだ。

私はチームプレーとやらが嫌いだった。

自分にボールが回ってきたときにするのは、いつもドリブルだった。

仲間の誰かにパスしようとか、協力してチームを勝利に導こうとか思わなかった。

やがて、どれだけ自分が練習しても「○対○」とチームの点数で端的に表されてしまうサッカーに嫌気が差した。

中学生になってからは、個人の努力がそのまま反映される陸上にうつった。


そんな私だからこそ、就活の軸は、とにかく個人プレーでできる仕事だった。

結果、比較的1人でもくもくとアイデアを出す時間が長いコピーライターという仕事に就いた。

打ち合わせだとか、クライアントの要望とか、人の意見をきかなければならない場面は多々あるが、それでも向いている仕事だと思う。

念願だった文章を書く仕事に就けて、数多くの就活生の中でも私は成功者の類だ。

しかし私は、社会人になってから自分に圧倒的に欠如している能力に気付いた。

それは、自分以外の人のスケジュールを管理する能力がまるでないということだ。

もっと抽象度を高めると、「この仕事を○○日までに納品する」という目標しか見えなくなり、それ以外のことが頭からすべて抜け落ちるのだった。

だから私は「ホウレンソウ」が苦手だ。やらないというよりか、できないというよりか、やるべきことなのに頭から抜け落ちるのだった。


私は過去3度、バイトをクビになっている。

スタバは気にくわないルールを徹底的に無視していたらクビになり、居酒屋は野菜の切り方を3回連続で間違えたらクビになった。長期インターンは、仕事内容に飽きて手を抜いていたら即行でクビをきられた。

私には生きづらいことが多すぎる世の中だった。


私はネットを使って色んな人と会うのが趣味なのだが、その際「きみ変なオーラ放ってるね」とか、「社会不適合者っぽいよね」とか、そんなことを第一声で言われることが多い。

自分では自分の印象などわかりっこないのだから、どういった理由をもとにそんな印象を持たれるのか分からないが、今までの生き方みたいなのが、見た目に反映されているのかもしれない。


今、社会人になってちょうど半年が経った。

これまでバイトが3ヶ月しか続いたことのなかった私からしたら、大記録だ。

半年も経つと、会社の構造がよく理解できるようになる。

メンバークラスからチームをまとめる役割になり、やがて管理職へと出世する。

管理職に就く頃には、だいたいの人に子供がいる。子供の教育ためにたくさん稼ごうという、モチベーションがある。

私の目の前にはうっすらとレールが敷かれていて、それはこれから結婚して子供をもち、出世するというレールだ。

しかし、23歳の私は、このレールが死ぬほど嫌いだ。

人をまとめる能力なんて私にはないし、「家族のために仕事を頑張ろう」なんて考え方もぞっとするほど嫌だ。

いつまでも表現者であり続けたい。

社内なんて狭い場所ではなく、世間で認められて、いずれは自分の作品だけで飯が食えるようになりたい。

いつまでも満たされない表現欲と承認欲を抱えていたい。

この文章を10年後の自分が見たら笑うだろうか。

どうか笑わないでほしい。

「お前の努力は報われるよ」とそっと一言、つぶやいてくれるだけで今の私は最高に幸せになれるのだ。

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だいすき
19
入社1年目のペーペーコピーライター。トップ画は、地味ハロウィンにて『スナチャの加工をしたサラリーマン』のコスプレをしたときのものです。楽しんで書いてます。
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