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10歳年上のバリキャリと、一夏の恋【出会い系シリーズ5.5】

前回記事を先に読んでいただいた方がより理解が深まります。

はじめて彼女と会った1週間後、今度は高田馬場で待ち合わせをする。

レッドロックにローストビーフ丼を食べにいこう、となったのだった。

待ち合わせに現れた彼女は、とてもおしゃれをしていた。

前回はしていなかった化粧もその日はしていた。

青が映える服は似合っていた。高そうな服だな、と私は思った。

最初に私は彼女の服を褒めた。すると、えへへ、と照れ臭そうに笑った。最初会った時のバリキャリ感はまったくなかった。


レッドロックに行ったのは夕方5時だったので、並ばずに入ることができた。

カウンター席に座って、彼女の横顔を見ながらローストビーフ丼を食べた。

横顔が彫刻みたいだね。

と私が言うと、それ褒めてるの?と彼女は笑う。

実は若い頃芸能界にスカウトされまくってたんだよね。

食べるスピードは彼女の方が速い。ローストビーフ丼は半分以下に減っていた。

ホリプロの人にさ、「絶対オーディションで優勝させるから、出てくれ」って言われて。でも私は編集とか企画とかやってきたように、裏方で支える側の人間だって分かってたから、断ってた。表舞台には、向いてる人が出ればいいの。

彼女は飄々と言う。私は相槌を打つ。なんだかもったいない気もしたけど、それでいいんだとも思う。

美形な彼女の両親ってどんな人なんだろう。ふと私は気になって、尋ねてみた。

「えっとね、お父さんは、超絶イケメン。関西に引っ越すってなったときに、一緒についてきた女が5人いたってくらい、モテてた。本来は結婚しちゃいけない人なんだと思うよ。現にいまは離婚して、どこで何をしてるのか知らないし。私が知ってるお父さんは、超絶イケメンで、女遊びしまくってるってことくらいかな。

お母さんはね、幸が薄そうな人。儚げなオーラが常に漂ってる。よくお前お父さんと結婚できたな、って思う。
あと、今流行りの毒親ってやつだな。束縛がとにかくすごかった。子供の頃は5時までに帰ってこないとすごい怒られた。深夜まで家の中に入れてもらえなかったりしたね。精神が不安定な人でモノをよく投げられたりもしたなあ。今も相変わらずで、京都の実家には正直帰りたくないんだよね」

すごい両親から生まれてきたんですね。私が言うと、彼女はそうだねーとうなずく。

「私結婚はあきらめてるの。お母さんがそんな感じだし、他にも家の事情とかが色々あって無理そうなんだ。

だから今、仕事をがんばってる。死ぬまで食べていけるだけのお金は自分で稼ごうって。運よく私は仕事大好き人間だから、よかったって思うよ」

私は何か気を利かせた言葉を投げかけてあげたかったが、その場では何も思い浮かばなかった。


ローストビーフ丼を食べ終わって、店の外に出る。まだ日が照っていた。夏の昼間は長いなあ、と思う。

散歩しようよ、と私は言った。
散歩いいね、と彼女が答える。

私は好きな人とデートをするとき、決まって散歩を選ぶ。
本当に気が合う人といるとき、のんびり歩きながらおしゃべりするのが、一番心地いい時間になる。

ディズニーランドとか、海外旅行とか、行かなくていい。
2人の時間に特別なエッセンスはいらないのだ。

高田馬場から新宿までの道のりを、山手線に沿って歩く。
手をつないで、おしゃべりをしながら、歩く。
いい腹ごなしになるね。
彼女は楽しそうに言った。

「今までどんな恋愛してきたの?」
なんとなしに私が聞いてみると彼女は、
真面目だったよ~とおどける。
実は大学生の時まで、男性がトラウマでしゃべったりするのも嫌だったんだよね。
どうして?
なんかね、中学生の時にさ、体操服に白いねばねばした液体がついてたことがあって。
そのときは分からなかったんだけど、あとで調べたらそれが精液だって分かって。もう、トラウマよね。思春期のそういった体験って、根強く残るから。

そんな彼女と手をつないでるって不思議な気分だな、と思う。
どうやってそのトラウマを乗り越えたのだろうか。
時が経つにつれて薄れていくものなのだろうか。
いい人に巡り会えたからなのだろうか。
いろいろ、想像を巡らせる。

新宿に着いて、カラオケに行こう、となる。
私ユーミンの前で歌ったことあるんだよ。彼女は自慢げに言う。
出版社に勤めていたときに招待されたパーティーで、上司から「この子歌手目指してるんだよ」と冗談で紹介されたらしい。
ユーミンから「じゃあ歌ってみてよ」と言われ、即興で歌ったら、「声量がいいね」と褒められたのだと言う。

声量がいいという彼女は、ほんとに声量だけがよかった。
音程やテンポが時々ずれて、その度にがんばって修正している感じだった。
アニメが好きだという彼女が歌っている曲は、半分くらいしか分からなかった。
でも、楽しそうに歌う彼女の横で、私も楽しい気分になっていた。

デンモクをいじる彼女にちょっかいを出したくて、距離を縮めてみる。
肩と肩が触れ合った。
左手を握ると、目があった。
なんか良い感じだと思ったので、
そのまま引き寄せると、キスにつながった。
すぐにやめて、また見つめ合った。
今度は彼女の方からキスしてきて、それはディープキスになった。
胸に手を伸ばすと、その手は払われた。
「最近の大学生こわいわ~」
彼女はまた、何事もなかったかのようにデンモクに向き直った。


カラオケに行った翌日、
「今度はいつ会えるの?」
とlineで送った。
いつもなら返信が1時間以内に返ってくるのだが、いつまで経っても既読がつかなかった。
胸に手を伸ばしたのがまずかったかな、とか、昨日の言動を振り返って、色々後悔したりする。

48時間後に返信が来た。
「ごめん仕事が忙しすぎて返せなかった」。
とりあえず、返信が来たことにほっとする。ブロックされていたわけではなかったのだ。

「また来週の土日とかに会いたいんだけど」
そう送ると、
「今さ、ほら関西で大型台風あったじゃん。それの保険対応で追われてて、関西行かないといけないんだよね」
「え、でもあなた企画職じゃん」
「そうなんだけど、営業とか含めて全員駆り出されてて」
「いつ帰ってくるの?」
「2週間後とかかなあ」

彼女からの返信はそこで途絶えた。
2週間後、帰ってきたと思って、lineを送ったけど、とうとう既読はいつまでもつかなかった。

まじかあ、と私は思った。
書いた小説、読んでくれるんじゃなかったのかよ。

私の大学生活最後の夏はそうして終わる。
一瞬甘いけど、苦みが残る、カフェオレみたいな恋だったと思う。

あれからずっと彼女とは会えてないけど、ネットでも、リアルでも、彼女とすれ違う瞬間を私は待っている。

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