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#2 就労支援施設でAdobeソフトの講師をしてみて受けたカルチャーショック&施設側へのアドバイス

就労支援施設という福祉施設で、主に発達障害や精神障害のある方にAdobeソフトを使ったデザインを教えているaisanと言います。
今回の記事は、クリエイティブ業界やWeb制作会社での実務経験がある者として、福祉業界の就労支援施設でAdobeソフトを講師として教えたときに受けたカルチャーショックについて個人的な体験談をまとめてみました。
その上で、ネガティブに発信するのではなく、「福祉業界側もどのようにすれば業界経験者にとっても働きやすいのか」という視点もまとめました。

尚、現在私はアドビ社からAdobe Community Expertとして認定されており、Adobeの各ソフトの知識やクリエイティブなアイデアを広く推進する活動をしているため、あらかじめ開示義務としてお伝えしておきます。

Adobeのソフトを使える職員がいない

「デザインが学べる!」「Photoshopを使えるようになる!」「在宅でデザイナーになれる」とうたっている就労支援施設はこの頃増加傾向にありますが、「どうやったらデザインができるようになるか」「入所してきた利用者さんをどうしたらデザイン系の仕事に就労できるか」が道筋がないままオープンしている施設が体感では多かったです。(すべてがそうなわけではなく、デザイン事務所との提携がある施設もあります)

Adobeソフトの契約はしているものの、扱える職員がいないので、ソフトが使えるパソコンと、Photoshopなどの書籍を渡して「あとは自分で自習してね」方式の施設や、講義や教材をコンサルなどから導入して、デザインの就労訓練をすべて外部リソースに頼っている施設も多くあります。

仮に、Photoshopが扱える職員がいたとしても、趣味やホームユースの範囲で使えるレベルの方が多く、製作会社やデザイン事務所での実務経験がある職員はとてもまれです。また、少しでも経験があるとその職員にデザインの就労訓練を依存してしまい、経験者が抜けた後安定した訓練を提供できないというケースも多いです。

利用者さんが「これで就職できるレベルのスキルになれますか?」という問いに答えられないまま、製作物の良し悪しをフィードバックできる存在が不在のまま、「障がい者でもマイペースにデザインを学べる」という広告だけが独り歩きしてギャップを感じていく利用者さんが多いように思いました。

これは施設のせいだけとは言えず、「デザインを覚えて在宅ワークをしたい」という障がい者の方の需要がとても多くなっていて、利用契約を増やすためにも必然的に施設として需要の高い分野を無視できなくなっているという側面もあると思います。

メールアドレス等の支給がなく個人用を仕事用として使用する

施設の規模にもよると思いますが、直接雇用だったとしても、正社員すらメールアドレスを支給される施設はほとんどありませんでした。メールのやりとりすら発生しない施設も多いかもしれません。
なので、メールが必要な場合は自分の個人で作ったメールアドレスで他社とやりとりすることになります。
私がいた制作会社やWEB系の部署はどこも必ずメールアドレスは会社支給で、会社がコントロールしていたため、まず入社時に驚いたのはそこでした。

ノー準備、ノー情報で質問対応が当たり前

デザインのレクチャーをしてほしい、と施設側から要望を受け、デザイン講師として働くことになったどの施設でも、「どのレベルの人が」「何を聞きたいのか」「どのAdobeソフトの質問なのか」「デザインの質問なのか、ソフトの操作の質問なのか」といった前情報をもらって対応することはほとんどありませんでした。
つまり、ぶっつけ本番で利用者さんの中に入って、「デザインの先生が来ました、質問ある人は声をかけてください」と言われ、なんの前準備もなく何も知らない状態で対応しなければいけないことがほぼ100%でした。
加えて、利用者さんがどういった障害特性を持っていて、どういう教え方、コミュニケーション、どういう合理的配慮をしてほしいかも自分で聞き出さないと分からず、手探りでレクチャーするという状況が就労支援施設での私の働き方の現状です。

これにびっくりされるクリエイティブ業界の方は、とても多いと思います。

ただ、私はこの環境を幸いにも楽しむことができ、利用者さんがどういうふうに合理的配慮を求めているのか、声掛けがいいのか目で見てやってみせるほうがいいのか、コミュニケーションをとりながら相手の求める答えを伝えることができた時のやりがいは、意外と自分がPhotoshopと向き合ってきた時間の長さを実感することもできて、自信にもつながりました。

「パパっと簡単なものでいいから作って」という言葉や、要件に対する質問を疎ましがられ、ちょっと傷つく

悪気があるわけではないのですが、デザイン講師として福祉施設に行って、Adobeソフトでの実務経験がない職種の人たちの中で働く覚悟を決めていたものの、「シンプルなものでいいから」「パパっと簡単なものを作って」と要求されることは多く、地味にへこみます。

生産活動という企業から施設が受注する外部の仕事にデザインの案件が来ることも多いのですが、「仕上がりサイズや入稿の仕様、解像度の指定はありますか?」「ターゲットやコンセプトはありますか?」と聞くと大体とても丁寧で柔らかい言葉で、「そんな細かいことは気にしなくていいから作ってみて」と伝えられます。福祉職員の方は、言葉遣いはとてもやわらかく傷つかないように話してくれる方が多いですが、制作に必要な情報を得る必要性を優しい言葉で疎ましがられてる状況はとっても多くありました。
仕方がないのです…そこがわかる人がいれば、私のような経験者を雇うことはないのでしょう。

なので、私は「早く作るためには技術が必要である」ことや、「どうして制作前に仕様の確認が必要なのか」「利用者さんが就労するために必要なことは何なのか」ということを、畑違いの職員の皆様にわかってもらう努力をすることが福祉施設での大事な働き方だと思っています。

そこで分かってもらえる職員の方に恵まれれば、その施設では長く働くことができるし、分かりあうことが難しい環境であれば、私は次の仕事を探すだけです。

福祉施設の職員・運営側の方へのアドバイス

すごくネガティブに見えてしまうかもしれませんが、結果的に私は今も就労支援施設でAdobeソフトやデザインを教える仕事を続けていて、今まで以上にやりがいを感じています。
それは現在の環境がとても理解のある環境で働けていることが大きいですが、私自身も「業界は普通はこうだから」と頑なになりすぎず、利用者さんがスキルアップした時の喜びを何よりうれしく感じることができています。

そのためには、福祉業界や就労支援施設側に、こういうふうにしてみたらもっと経験者の採用や満足度の高い施設運営につながるのでは?と思ったことを、就労施設勤務中の立場としてまとめてみました。

この施設でどこまでのレベルになれるのかを定義する

現役デザイナーの方からすると、デザイナーという仕事で食べていくことの難しさ、技術を身に付ける終わりのなさを常に実感しているお仕事だと思います。
そんな厳しい業界への就労に対して、私たち就労支援施設側が、自分たちの提供する就労訓練で「どこまでのレベルになれるのか」をまず設定するのがとても大事だと思います。
それは一人の職員や経験者に依存するものではなく、持続的に提供できるレベルとして、例えば「ソフトの初歩的な操作を覚えるところまではできる」「Adobeソフトや教材の環境は用意する。それ以上は自力で習得」「印刷会社へ実際に入稿するところまで教えられる」「DTP関連の資格取得のサポートができる」「講師チームを安定的に確保してデザインカンプまでは作れるようになる」といった、レベル設定が大事だと思います。
ここで適切なレベル設定ができないと、結果的に利用者の求めるものとのギャップが生まれ、職員が疲弊し、運営が難しくなると思います。

情報共有体制を整える

基本的なことですが、私が就労支援施設でAdobeソフトやデザインを教えるのは、合理的配慮が必要な障がい者のみなさまです。
感覚過敏の方、会話が長くなるとパニックを起こす方、書面の方が伝わりやすい方、様々な障害特性を持っています。
そういった方にレクチャーする際に、どういった障害特性を持っていて、どういった合理的配慮が必要か、講師や経験者が事前に情報を得ることができるととても助かります

違う業界の経験者を受け入れる環境を整える

前述した製作のために必要な仕様の確認や、技術を持っている方が言われると嫌な思いをする発言はたくさんありますが、お互いに違う業界から来ているので文化が違うことはまず前提とお互いに認識しておくべきだと思います。
せっかく経験者を採用できても、「できない理由」を常に口にする現場では働くことが難しいので、「利用者さんのクリエイティブ就労のために異文化をすり合わせて協力しあえる覚悟」をお互い持てたらすごく良い環境だと思います。

その上で、福祉職員としての働き方は規定があり、施設に定時で通勤することが大前提となっていますが、経験があって腕利きのデザイナーほど、柔軟な働き方を求める傾向があると思います。

リモートワークができる環境、オンラインでの講義スタイルや、オンラインレクチャーの体制、案件の合間でもできるような時短勤務などの柔軟な雇用形態を取り入れてくれることで、協力できる業界経験者の方も増えてくると思います。

利用者さんの製作物を職員が勝手に手直ししない

訓練にしても生産活動にしても、職員が利用者さんの制作物を「うまく言えないけど何か使えない」と判断して、納品前に勝手に修正したりすることが多々ありました。クライアントが勝手に直すケースもあります
これは職員が利用者さんのデザインをどう直したらいいか言語化したり手直しさせるスキルがないことがほとんどだと思いますが、せめて事前に「クライアントの要望で最終的な手直しは職員側でやりますね」と許可を頂くようにしてはどうか?と私は思います。
デザインの就労を目指す場合は、著作権や著作人格権に対する意識や見識も身に付ける必要が出てきますが、最終的に仕上がったものが自分の作ったものと無断で変えられているという経験は想像以上にデザイナーの心を傷つけます。
また、通常であれば著作権上そういった行為は許されないことが多いですし、職務著作であり著作権の帰属が利用者ではなく施設であるのなら職務著作であるという説明を施設側からする必要があると思います。

就労支援施設・福祉業界の方でデザイン就労をお考えの方と良い道を探していきたい

現在私は将来的に福祉業界・就労支援施設がクリエイティブ業界への障がい者就労を進めるお手伝いをしたいと考えており、そのために色々な方にお会いしたいと考えています。
もし一緒にデザインの訓練プログラムや生産活動の仕組みづくりに取り組んでいきたいと言う関係者の方、職員の方がいらっしゃいましたら、ぜひ気軽にお声がけいただけると幸いです。

twitter:https://twitter.com/aisan_pia

また、11/16(木)東京ビッグサイトで開催される Adobe MAX JAPAN にて、Ask the Expertsの Design/Photo ブースにて来場者の方と個別に質問を受け付けるコーナーに在籍しておりますので、ぜひ「aisan(あいさん)いますか?」とお声がけいただければ幸いです!利用者さんでも、施設の方でもどなたでも構いません。お会いできるのを楽しみにしています。


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