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令和に求められる教育〜GIGAスクール構想を踏まえて思うこと〜

小学校で働いてるTanuです。今回は令和の学校教育に私が抱く不安について書きます。

♢GIGAスクール構想とコロナ禍
コロナ禍と同じタイミングでGIGAスクール構想が始まり、タブレットが配布されている。世の中がリモート化するのと同じタイミングすぎて、奇妙なぐらいだけど、そこはまあ置いておこう。そもそも、GIGAスクールというのは、AIを相手に活躍する子ども達を見据え、プログラミング学習やタイピング、端末の使い方に慣れさせていく。。大体こんな趣旨だと理解している。
GIGAスクールの必要性はわからなくもないのだが、わたしはそれをやるリスクの方も高いと思っている。
コロナ禍以前からだったとは思うが、コロナ禍で更に加速する、日本人の「心の問題」。最優先で取り組まなきゃいけないのはこっちではないか。いじめはなくなるどころか、自粛で受ける子どものストレスは計り知れない。また、世間の雰囲気も悪すぎる。政権やスキャンダルを起こした芸能人の批判ばかりするメディアにしても、子どもに「人を否定していい」と社会全体で教えいるかのように感じてしまう。社会全体で意識を変えて子どもの心を守っていかないと行けないと思う。

♢目的は?学校へのタブレット配布
そんな中、子どもにタブレットを与えてどんなメリットがあるのだろうか。タブレット普及によって、休み時間もタブレットを使えるようになった。(やる内容に制限はあるが)
もちろん私はリスクが高いと思うので反対だが学校の方針には従うしかない。。
友達と会話もせず、タブレットを見つめて休み時間を過ごす子どもたち。小中高と、友達と話すことが生きがいだった私からしたら、見たことのない光景だ。(小学校だよ?!)
こうして育っていく子どもたちが、将来10代後半、20代、30代とどんな風に成長し、どんな大人になるか、どんな課題が生まれるのか私達は知らない。タブレット配布を決めた大人達はどこまで考えられているのだろうか?

♢ネットいじめ LINE以外でも?
子ども達はアカウント(メールアドレス)を与えられる。設定で通信を防げるが、チャット機能などを持つ学習アブリまでご丁寧にタブレットについているのである。
教員がある程度設定で使い方をブロックできるとは思うが、タブレットの機能も未知数で、子どもの方が次第に使い方に長けてしまう気がしてならない。これをきっかけとしたネットいじめが起きないとは到底思えない。

♢だから私が令和にやりたい教育
教員の夏休みは長い。ありがたいことに学校が休みなら教員も休みだ。今までは、この夏休みを1学期の疲れを癒やし、だらだらと過ごすためだけに使っていた。(出勤の日もたまにあるが)
今年は訳があって、頻繁に出勤していた。そしてコロナ禍のどこにもいかず、ほとんどの時間を学校で1人で過ごす夏休みを送った。
 コロナ禍のテレビは発信される内容がほぼ感染者数の変化やワクチンと偏っているように思えた。そして国民は自粛、子どもでさえも遊べなくても仕方がない。旅行やレジャーなど様々な体験をできなくても仕方がない。こんな考えが日本中に浸透していった。
 そして学校はというと、事あるごとに消毒や検温。話す活動や友達とふれあう活動の激減、外遊びは距離を保てるものだけオッケー。友達と放課後はなるべく遊ばないようにしよう。こんなルールがあった。
こんな世の中で子ども達は大丈夫か?!私は夏休みの間、子ども達の精神面や健康面が心配になった。子ども達を救ってあげなきゃいけない。コロナ禍で子どもの心を殺してはダメだと思った。
コロナ禍に子どもを励まし、楽しませることができる教員という仕事が、初めて、素晴らしい仕事だなと思えた。
 二学期にやる各教科の授業の準備も念入りに行い、楽しめそうな活動を盛り込むようにした。
授業内容までは書ききれないけど、子どもの意欲や主体性を引き出せるような授業を行い、
子どもの心を豊かにする教育をすることが私の目標だ。現代の日本社会に毒される子ども達に希望を与えられるような教師になりたい。

1つ挑戦してみたのは学活の時間を使った「オリンピック・パラリンピック」の起源を知り、自分の気になった競技を友達と話したり、オリパラが行われる理由を考える授業だ。


♢すっごく長々書いちゃった。。
子ども達が希望を持って生きていけるよう、
社会みんなでがんばっていきましょう!

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