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第九章『動き出す影』

「この子の名前はサリナ。千年前、この星の半分を死の世界へと作り替えた魔神、"殺戮ノ魔人グリムリーパー"です。」
殺戮ノ魔人グリムリーパー__千年前、この世界を崩壊寸前まで追い込んだ四人の魔神の一人。正真正銘の災厄。
千年前の勇者が七人の英雄と一人の大賢者と共に命をかけて戦い、なんとか死の森と呼ばれるヘルへイムに四人の魔神を封印することに成功した。故にこの場に殺戮ノ魔人グリムリーパーと呼ばれる存在はいるはずがないのだ。しかし、リアナさんはそんな誰にでもわかるような嘘はつかないだろうし、それに今ここで暗部を巻いてまで嘘をつくメリットがない。もしこれで、実はドッキリでしたーとか言われたら俺もう人のこと信用できなくなるよ?
俺の考えていることを見透かしたのか、リアナさんがふふふっと笑った。
「ユーマさんがそう考えてしまうのも仕方がありません。ここで話すのも何ですから私たちの隠れ家に行きましょうか」
「か、隠れ家…?」
「ええ。ユーマさんもきっと気に入ると思いますよ」
そういうなりリアナさんはサリナを連れてスタスタと裏路地に入っていってしまった。仕方なく俺もそのあとをついて行く。
元の世界でも裏路地に入ったことはないからわからないけど、比較的綺麗だった。もっと小汚い場所でチンピラがたむろしていると思ってたのに。いや、もしかしたらこの周辺に自然と人が寄りつかなくなってしまっているのかもしれない。無意識のうちに死を形取ったあの存在から遠ざかっている、と言うことも考えられる。それが変な噂になってバカが肝試しに来たりしなければいいんだけど…。
そんなことを考えていると、不意にリアナさんが足を止めた。俺はどの家が隠れ家なのかと思って探してみるも、まわりはブロック塀に覆われており、どこかにつながる扉らしき物はなかった。
「ふふふっ。そんなに探しても見つかるはずがありませんよ。そんな簡単に見つかってしまっては隠れ家意味がないでしょうに」
「それもそっか。え、じゃあ、どこに…」
「ここですよ」
俺が問いかけるよりも先にサリナが塀の一部を押した。その瞬間、内臓が持ち上がるような浮遊感が襲ってきた。
「えっ?!」
下を見るとそこは真っ暗。いつかのトラウマが脳裏に浮かび上がってきた。
「ぎゃあああああああああああああ?!?!?!」
俺は再び穴の底に落ちるという恐怖を味わうこととなった。

人々の死体がそこかしこに山となって折り重なっている荒野の空を埋め尽くさんばかりの魔物が自身達を産み落とした王を中心に空を飛び回っていた。
その中心にいる王は俺に標準を定めると、三つの頭の口を開き、そして__。

「__さん。__まさん。_ユーマさん」
「はっ?!あ、あれ?ここは…?」
俺はガバッと勢いよく起き上がって周りを見渡した。俺はベッドに寝かされていたようだ。部屋の中は質素なもので必要最低限のものしか置かれていない。
それはそうと、あの夢は一体…。
「ユーマさん?大丈夫ですか?」
「うおっ!?り、リアナさんかびっくりした…」
「さっきからずっとここにいたんですけどね。それよりもどうかされたんですか?顔色があまり良くないようですが」
そう言ってリアナさんが俺の顔を覗き込んでくる。うーん…先程の夢の話をした方がいいのか、しない方がいいのか…。
俺がうーんと悩んでいると、ガチャリと部屋の扉が開かれ、先程から姿の見えなかったサリナが入ってきた。そして俺が起きていることに気がついて、とてとてとベッドの脇まで走りよってきた。
「ユーマお兄ちゃん、大丈夫…?」
「あ、ああ、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
「えへへ」
俺が何となく頭を撫でると、サリナは目を細めて嬉しそうにはにかんだ。
こうやって見ると、とても世界を崩壊寸前まで追い込んだ魔神の一人には到底見えないな。一人の可愛い女の子だ。もしかしたら、過去に何かあった…?
「その子は、元は一人の人口人間でした」
「人口人間?普通の人間と何が違うの?」
「サリナは、千年前に名を馳せた天才博士の娘の友達として、その博士によって作られたそうです」
「ええ?」
嘘だろ?人を作るなんてそんなのどうやって…。
リアナさんは俺の疑問を読んだかのように語り出した。
「彼は天使と悪魔を使った人口人間を生み出す実験を行っていたようです。そして、その成功例が4人の魔神達です。ですが、彼女らは当時、今に言い伝えられるような力は持っていなかった」
「え?じゃあ、世界が崩壊寸前まで追い詰められたってのは鼻からの嘘、とか?」
俺がそう問うと、リアナさんは首を横に振った。
「世界は実際に崩壊寸前まで追い詰められました。その痕跡は、今も世界各地に残されています」
「じゃあ、一体この子達魔神はどうやって今のような力を?」
「ここからは私の見解なのですが、いいでしょうか?」
「ん?う、うん」
俺がそう頷くとリアナさんは近寄って腰に抱きついてきたサリナの頭を撫でながら、ゆっくりと言葉を選ぶようにして話し出した。
「先程までのお話は全てサリナが覚えている範囲の昔の記憶から来た私の推論だったのですが、ここからは完全に私個人の意見になります。おそらく、サリナ達が魔神と化してしまった原因は__」
リアナさんが何か大事なことを言おうとした瞬間だった。俺たちの頭上でかなりの高濃度の魔力が練り上げられる気配が感じられた。おそらく、上級の攻撃魔法。
「リアナさん!伏せて!」
俺は咄嗟に上へ向けて魔法障壁を展開できるだけ展開した。そして、俺が10枚程の魔法障壁を作り出し終えたと同時に、大地を揺るがすほどの衝撃波が襲いかかってきた。
「雷系の上位魔法か。そこそこの火力だな」
だがしかーし、俺が展開した魔法障壁はただの壁ではないのだ!
俺は、障壁に仕込んでおいた魔法を発動させた。

《特殊魔法:発動:反転攻勢カウンター

俺の魔法が発動すると共に、先程まで障壁に掛かっていた重圧が消え、代わりに魔力の流れが上向きに変わった。地面の下にまで響く轟音と衝撃が伝わってくる。
「よし。うまく返せたみたいだな」
「すごいですね…こんなにも綺麗な反転攻勢カウンターは見たことがありません」
サリナを庇って一時的に退避していたリアナさんがサリナと手をつないで俺の隣までやってきて、天井に開いた大穴を見上げていった。
「まあ、ソフィアに性格に跳ね返すコツを教わったからな。効果は絶大よ」
まあ、正確には魔導書に記してあるだけで指導を受けたわけじゃないけど…。
とそこで、何人かの白装束をきた奴らが天井の穴から飛び降りてくるのが見えた。
「来客が来たな。すんごい物騒な入り方だけど」
「どこの者かは知りませんが、そちらがその気なのであれば、応戦するのみです」
どうやらリアナさんは交戦する気満々のようだ。この世界ってもしかして、頭の中九割くらい戦闘で埋まってる人しかおらんのか?今のところそういう奴らとしか出会ってないけど…。
と余計な心配をしていると、ズドンっという鈍い音と共に何かが落下してきて、砂埃を巻き上げた。
「こんにちは、魔王さんとお姫様。こんな所で魔神の一人を匿って一体何をしていたのかな?」
そこには、一人の金髪少年が数人の顔を隠した白装束を背後に控えて立っていた。今この少年が落ちてきた穴の深さは推定三百メートル。その衝撃を完全に殺しきった着地技術。フードの上からでもわかる頭の上に生えた二つの三角形の獣耳と、お尻から生えている白の虎柄の尻尾。
「お前、まさか…」
俺は思わずと言った様子でそんなことを口走った。
「おや?なんだ、僕のことを知っていて怯えているのかい?まあ、そうなるのも仕方ないよ。でもそっちがこちらの_」
「モノホンの獣人だあ!!!」
「うおっ!?ちょっ、お前、何して…!?」
俺は思わず獣人の少年に飛びついてしまった。少年が何か言っていたが、俺の耳には一切入ってこなかった。ひたすらに少年の耳をモフる。
「これが獣人のケモ耳…もふもふやぁ…」
「離せっ…!クソっ!なんで体が動かないんだっ!」
少年がなんとか俺から逃れようと体を動かそうとするも、指ひとつ動かせていなかった。ま、それもそうだ。俺も一回食らったことのある、ソフィア直伝(物理)の拘束型氷魔法、氷結花ドライフラワー。氷の薔薇が蔓を伸ばして静かに忍び寄り、拘束する初見殺し魔法。気づいた時にはもう拘束されてるのさ…(遠い目)。
「ユーマさん?そろそろ話してあげてくださいな。その子、頭に血が登りすぎて頭が爆発しそうですよ」
そう言われて少年の顔を見てみると、たしかに顔を真っ赤にして俺を睨みつけていた。まあ、俺の方が身長高いせいで、上目遣いになってるから全然怖くないけど。
「お前ら…よくもこの僕を辱めてくれたなっ…!すぐにでも僕の部隊全員がこの地下に突入してくるぞ!」
少年は少し余裕を取り戻した表情で、笑みを浮かべながらそう言った。
俺は後ろに視線をやってからもう一度少年に目を向けて、大体の事情を悟った。
「お前、見捨てられてるぞ?」
「はあ?今更何を…」
俺は少年が後ろを向くように蔓を操って、少年の向きを変えた。そして、少年はその光景を見て絶句した。その瞳には絶望の色が滲んでいた。
少年の見た先には、いるはずの部下たちの代わりに、不格好な藁人形が数体、俺の魔法に拘束されていた。
そう。少年の後に続いて降りてきたと思っていたヤツらはただの藁人形だったのだ。上のヤツらの誰かが操っていたのだろうが、俺が拘束すると同時に、藁人形の魔法の効果は切れた。
「そ、そんなはず、ないだろ?これはきっと、副隊長の作戦_」
「おそらく、それは無いようですよ」
そこにトドメを刺すようにリアナさんが天井の穴を指さして言った。
それにつられて上を見ると、再び穴に飛び込んで落ちてくる影があった。
「王宮騎士団第三部隊、姫様の要求を受け、ただいま参上致しました」
シュタっと音も立てずに綺麗に着地して見せた黒装束の龍人たちは、リアナへ向けて膝を着いた。先程、俺の魔法で追い返した暗部たちだった。
「わざわざ呼び出したのか?」
「ええ、今回のような事案は彼女らの得意分野ですので」
「ふーん」
俺はそう言いながらも、もう既に彼女らに興味はなかった。代わりに終始少年のケモ耳をモフる。
俺はまあ、このままこのケモ耳を堪能して…。
「ゆうま」
「ひっ?!」
突然背後から聞こえて来た声に、背筋が凍った。
俺はゆっくり背後を振り返った。
果たしてそこには、銀髪ロングの少女の姿をした死神がいた。
「誰も彼女を攫えなんて言ってない」
「いや、これは誤解_」
「言い訳は聞かない。_”気狩り”」
「ぐえっ」
その見た目に似つかわしくない馬鹿力によって、俺の意識は無事狩られた。

深い森の中、一人の枯れ木のような男が椅子に腰掛け、優雅に紅茶を楽しんでいた。そこへ、一人の白装束の男が現れ、椅子に腰掛ける男へと跪いた。
「副隊長_いえ、将軍閣下。ボルト隊長が騎士団に拘束されたことを確認しました」
その報告を受け、男はくつくつと不気味に笑った。
「あの人も馬鹿なものですねぇ。まさか部下がついてきてるかどうかも分からないだなんて。四聖騎士団の騎士団長として恥ずかしい限りです」
男は椅子から立ち上がり、すぐ近くの崖の下を見下ろした。
そこには、総勢三万人規模の大軍隊がまるで人形のように整列していた。深い森の中ということもあってより一層不気味さを増している。
男はおもむろに片手を上げた。そして、命令を下す。
「全隊に告げる!これより、我々は城塞都市ガルパゴンへ向け、進軍する。我らが隊長、ボルト様を貶めた奴らに制裁を下してやるのだ!」
おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!
地を揺るがすほどの雄叫びが森の中に木霊する。
「今、会いに行きますよ。殺戮ノ魔人グリムリーパー。くふふふふ…」


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