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第四章『また始まる唐突な旅』

俺は木の影でじっとその時を待っていた。息を殺して気配を悟れられないようにじっと待つ。
とその時、ズシンという地鳴りと共にそいつが姿を現した。
体長は約二十メートル。高さは十メートル。大体マンション三階くらいと同じだ。姿形はまるで恐竜のような巨大トカゲがドスンドスンと地面を揺らし木々を踏み倒しながらこちらに向かって進んでくる。
そして、ギョロギョロと動くトカゲの目が俺を捕らえた。それと同時に俺は回れ右をして全力で走り出す。
「ぐおおおおおおお!!」
「ひいいいいいい!?」

《補助魔法:発動:身体強化・体力補正》

これは何回やっても慣れる気がしない。俺は巨大トカゲから逃げ切るために新たに習得した補助魔法を施して走る速度をあげる。
ううううおおおおおおお!!!あと少し!
俺は幹に白い線が引いてある木を横切った直後全力で叫んだ。
「ムーナああああ!!今だあああああ!!」
『はいっ!ご主人様!』
俺が叫ぶのと同時に空からムーナが龍形態で凄まじい速度で急降下してきた。
「氷の精霊よ!我の魔力を糧に彼の者を数多の矢で貫け!」

《氷魔法:発動:氷矢乱れ打ちアイクショット

そして、トカゲとぶつかる直前に氷魔法を発動。さながら戦闘機のミサイルのように氷の矢を飛ばし、トカゲに突き刺していく。
「ぐおおおおおお!?」
トカゲの背中に氷の矢が突き刺さり、鮮血が吹き上がる。痛みに声を上げているけれど、あと一歩足りない。トカゲが目に怒りを灯しながら背中の膜を広げ口を開けてブレスの構えをとった。
今度は俺の番だ。覚悟しろよトカゲ野郎!!
ギュルン。あ、トカゲがこっちを振り向いた。急速にトカゲの魔力が高まって口に集約していく。「え、ちょ、待っ…!?」
口の中に小さな火球が形成された。そしてブレスがトカゲの口から放たれ__。
「氷の精霊よ!我が魔力を糧に彼の者に鉄槌を下せ!」

《氷魔法:発動:氷の鉄拳アイスナックル

「!!!」
…る直前で折り返して来たムーナの氷魔法がトカゲの頭に直撃した。
トカゲは頭を上から押しつぶされたことで口が閉ざされ、口の中から放出されようとしていた魔力が行き場を失い暴発してトカゲの顎が吹き飛んだ。うっぷ。グロすぎて胃に何も入ってないはずなのに吐きそう……。
「今です!ご主人様!」
「…っ!?お、おう!」
俺はムーナの声ではっと我に返り右手を前にかざして新たに習得した魔法を発動させた。

《火魔法:発動:爆炎フレア

俺の手から勢いよく放たれた炎が顎が爆散した痛みでジタバタとのたうち回るトカゲを焼き尽くす。
「「あっ__」」
トカゲは悲鳴をあげることすら許されず灰になって空に舞った。灰になって、そらに、舞っ、た…。
「お、俺たちの…」
「ご主人様の…」
「「ご飯があああああああ!?!?」」
そんな…馬鹿な…。

「炎魔法なんて二度と使わない。炎魔法なんて二度と使わない。炎魔法なんて二度と使わない…」「ご、ご主人様?大丈夫ですか?」
あのトカゲを討伐した後、俺たちは寝床にしている洞窟に戻ってきていた。
ブツブツと呪文を唱えるようにブツブツ言ってる俺をムーナが心配そうに声をかけてくる。
あのトカゲは本来ならこんがり焼かれてこの洞窟内の食卓に並んでいたはずなのだ。それなのに…。
俺が頭を抱えて唸っていると隣からぐぅーという音が聞こえてきた。
「ううっ…も、申し訳ございません…」
ムーナが顔を赤らめながらお腹を抱える。まあそれも仕方ない。なんせこの二、三日何も口にできていないのだ。
はあ…なんでこんなことになってしまったのか?それは今から二、三日前のこと…。

「おはよう、ユウマ」
「え?あ、お、おはよう…?」
俺が朝起きていつも通り朝食をとって二度寝しようとリビングに入るとソフィアが扉の前で微笑みを浮かべて立っていた。しかも普段はしない挨拶までしてきた。その事に少し狼狽えつつも何とか挨拶を返した。なんだか背筋に悪寒が走った。俺の本能が逃げろと訴えくる。なんとなくだけど嫌な予感がする。それも特大の何か。ここは一旦引こう。そうしよう。
そう決断するや否や俺は腹に手を当てながらゆっくりと後ろに下がり出した。
「あ、あーなんかお腹痛いわ。あのー、せっかく朝ごはん作ってくれたのにごめんだけどちょっとトイレ行ってそのまま寝て…」

《氷極魔法:発動:氷結花ドライフラワー

「えぇっ!?ちょ、ちょっとソフィアさん!?これは一体…むぐっ!?」
だが、俺の言い訳はソフィアの発動した聞いた事のない魔法によって物理的に止められた。体を氷でできた薔薇によって雁字搦めにされ、口に無理やりパンを詰め込まれた。
「うぐっ、ううっ!?」
グイグイと喉の奥にパンを押し込んでくるから息ができない。体を動かそうにもツタで身動きが取れない。
「いい子いい子」
ソフィアがあからさまな棒読みでパンを詰め込みながらそんなことを言ってくる。無表情でパンを喉の奥に押し込みながらそんなこと言われても嬉しくねえよ!恐怖しかないわ!
「うぐぐぅ…う、うぐぅ…」
段々と酸素が足りなくなって体に力が入らなくなってきた…。意識も朦朧として…もう、やば、い___。
俺は状況を一切理解できないまま、数週間ぶりの気絶深い眠りにつかされ__。
「_ると思うなよ!!ふはははっ!甘いなソフィア!この俺がなんの学習もしないバカだ、と…あれ?ここどこ?」
俺はソフィアに意識を狩り取られると察知して受身を取ったはずだったのだがどうやら効果はなかったらしい。まあお腹に力入れて歯食いしばっただけだけど。
まあそんなことはさておいて。ソフィアはどこにいるんだ?いつもなら俺が目を覚ますと目の前か後ろからいきなり声をかけて来るはずなんだけど…。
ガサガサ…。
「うおっ!?」
俺の背後で何かが動く気配がした。すぐさま意識を集中させて空気中の魔力の動きを読み取って周囲の状況を探る。どうやら草を掻き分けて誰かがこちらに向かってきているようだ。でもなんか体格とか身長からしてソフィアでは無いような…?
俺はいつでも逃げられるように魔法の用意と逃走経路を確認した。じっとこちらに向かってくる相手を待ち構える。そして茂みをかき分けて姿を現したのは__。
「あ、こちらにおられましたか!お待たせ致しました、ご主人様!」
「…え?」
ソフィアではなく長いサラサラの金髪に草とか枝とかつけながらメイド服を来た活発そうな美少女だった。

「つまり、君_ニーナは自分の意思で俺のことをご主人様として仕えようとしてる、と?」
「はい!正確には私と妹のムーナを含めてご主人様にお仕えしたいと思っております」
「う、うーん…そっか…」
俺は金髪の美少女_ニーナに連れられて一件の小さな小屋の中へと案内された。そしてそこで色々とニーナに質問してみたんだけど…。
い、一旦情報を整理しよう。
ニーナは俺がソフィアに突き落とされた穴の主である黒雹龍の一族で、なんと俺が数ヶ月前に黒雹龍の王様に頼まれてソフィアに半ば強引に救出に向かわされたあの時に救い出した双子の黒雹龍の片割れなんだとか。
まあそれは特に大事な事じゃないからいいとして問題はその次だ。
「本当に、本当にこの森の中を行くの?」
俺は今一度ニーナに問いただした。
「はい!ソフィア様からのご指示です!今回、私とムーナがご主人様を全力で応援致しますので頑張りましょう!」
俺の縋るような助けを求める視線を華麗にスルーしてニーナはにっこり笑ってそう言った。
ふんすと息を吐いて気合十分なニーナを前に、俺はただ絶望するしかなかった。

「待って、はぁ、くれ、ニー、ナ、はぁ…おい、はぁ、ムーナ。お前もなんか、はぁ、言ってやつてくれ…はぁ、はぁ…」
俺は息も絶え絶えに森の中を草をかき分けながら隣を歩くニーナと瓜二つの銀髪の美少女に助けを求めた。するとすぐに美少女は前をズンズンと歩いていくニーナにか細い声で訴えた。
「お姉ちゃん…もう歩けないよぅ…」
俺と隣を歩く銀髪の美少女_ムーナの何度目とも知れない愚痴を前にニーナははぁと大きなため息をついた。
「ご主人様、もう少しで開けた場所に出るのでそこまで頑張ってください…それでムーナ?あなたはそれでも誇り高き黒雹龍の一族なの?次にご主人様の前で弱音なんか吐いたらお仕置するわよ?」
「うぅっ…でもぉお姉ちゃん…」
「なぁに?」
「…なんでもない…です…」
双子でもやはり姉の方が強いようだ。仕方ない…でもあと少しで休憩できるらしいし、もう少し頑張って…。
「っ!!」
「ん?ニーナ?」
そこで急にニーナが足を止め、ばっとこちらを振り向いた。
「伏せて!!」
直後、俺とニーナの間を何かが凄まじい速さで突き抜けた。そしてその数秒後に俺たちの後ろにあった木や土が吹き飛んだ。
「くっ!!」
「うおぉっ!?」
あまりの爆風に立ってはいられず、膝を着いた。そんな俺を庇うようにニーナが立ってくれた。
あれ?でもムーナは…?
「助けてぇ!?」
キョロキョロとムーナを探してみると上からそんな叫び声が聞こえてきた。見上げてみると木の枝に襟を引っ掛けてジタバタと暴れるムーナがいた。
「助けてぇお姉ちゃん!?」
「ムーナ!?あんた何やってんのよ!早く降りて…っ!!ご主人様!下がって!」
「私は!?」
「うるさい!守ってあげるから黙ってなさい!」
ニーナに怒鳴られてムーナは大人しくなった。そんなことは無視してニーナがばっと先程攻撃された方向に手を突き出して詠唱を始める。
「氷の精霊よ!我が魔力を糧に我らを守る城壁を__」
だが、ニーナの詠唱が終わるよりも先に先程と同じ方角から砲撃が迫ってきたのを俺は感知した。「っ!!まずい!!」

《氷魔法:発動:氷結守護壁アイスプロテクト

ほぼ反射で俺は自分たちを覆うように魔法を発動させた。
ふぅ、危ない。危うく詠唱中で少し無防備になったニーナに当たるところだった…。
ビキッ。
「え?」
なんか今なってもらっちゃ困る音がした気が…。
ビキビキビキッ!!
「嘘だろ!?」
俺の発動させた氷結守護壁アイスプロテクトは厚さ二メートルはあるんだぞ!?しかも俺の魔王の覇気(仮)を付与してさらに強化されてるんだぞ!?いや、今はそれよりも早く補強を…!

《氷魔法:発動:氷結守アイスプロ__》

俺は慌てて補強するようにヒビの入った部分に魔法を追加で展開しようとしたが遅かった。
謎の攻撃は氷の壁を破ってさらには構築されかけていた追加の氷の壁すらも貫いて俺を庇うように前に立っているニーナの眼前に迫る。
「ニーナ!!」
俺は必死に手を伸ばしてニーナを庇おうとするも相手の攻撃の方が何十倍も早い。だが、俺の心配は杞憂だったようだ。
「__消え失せろ」

《氷獄魔法:発動:氷王の憤怒コキュートス

ニーナが魔法を放った途端ニーナの眼前まで迫っていた攻撃ごとニーナの前方にあったもの全てが氷に包まれた。そしてその氷は地割れのように森を飲み込んでいく。
「なんじゃこれ…」
そして数分もしないうちに俺たちを中心に半径三キロ圏内の森が氷に包まれた。
「お、終わった、のか?」
「はい。この魔法に晒されて生きていられるものなんてそうそうおりませんからご安心ください」
それを聞いた途端、急に足の力が抜けて俺はへなへなとその場に座り込んだ。
「助かったぁ…」
一時はどうなるかと思ったけど、どうにかなってよかった。でも、あの攻撃は一体なんだったんだろう?思考能力がどっかの銀髪ロリっ子のおかげで凄まじいまでに強化された俺は本気を出せば時が止まったように周囲の状況を見ることが出来るはずなのに、それでも認識できなかった。なんだか嫌な予感がする。
「ご主人様?どうかされましたか?」
「あ、ああ。なんでもないよ。助かったよニーナ。ありがとう」
「ご、ご主人様、急にそういうこと言うのは卑怯ですよ…」
俺が素直にお礼を伝えるとニーナはモジモジしながら顔を逸らした。しかし、顔を逸らした先に未だ木にぶら下がっているムーナを見つけて顔から感情が抜け落ちた。
「ムーナ?あなた、いつまでそこにいるつもりなの?」
ゆっくりとムーナに近づいていくニーナの顔には震え上がりそうな程に冷たい微笑が浮かんでいた。
「お、お姉ちゃん…え、えっと、これは…さ、さっきの攻撃があまりに唐突だったから…」
ムーナも顔を青染めさせながらも必死にニーナに語りかけるも、どんどんとニーナの笑みが深くなっていく。
「ムーナ?ご主人様の前ではドジをしないようにってあれだけ言っ__ぐはっ!?」
突如、ニーナが呻き声だけ残して姿を消した。代わりにニーナのいた場所に立っていたのは三メートルはあるのではないかと言うほどの大男が拳を振り抜いた体勢で静止していた。
しかし、次の瞬間_。
「死ね。魔王」
「ぁ___」
大男が目の前に現れ、その岩石のような拳を振り抜こうとしていた。
さっきからの急な展開で頭と体が上手く動かない。ゆっくりとした時間の中で段々と大男の拳が近づいてくる。そして___。










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