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日記14 冷笑を純粋に楽しむ:『永沢君』

最近、さくらももこさんの『永沢君』という、ちびまるこちゃんのスピンオフマンガを買いました。

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ちびまるこちゃん本編でも出てくる、タマネギ頭の名脇役、永沢君が主人公となって、その中学校生活を描いたものです。彼が主人公なので、ちびまるこちゃんや他のキャラは、一部を除いて出てきません。


結構前から、このマンガの存在自体は知っていたんですけど、そもそもアニメのちびまるこちゃんも最近はそんなに見なくなったし、当然、原作のマンガも読んだことすらないような興味度合いだったので、チェックすらしてませんでした。ただ、この前、学校の試験を受けている最中に突然、このマンガが降って湧いて、頭から離れなくなったんですよね。Web試験だったので、ちょっと時間は食ってもいいから、『永沢君』のニコニコ大百科が見たい!、と強い意志が働いたんですが、理性で押し留めました。


試験が終わってから調べてみると、意外なことを知りました。

まず、ちびまるこちゃんのアニメでも、いい味を出してるキャラとして光っている、野口さんや小杉といったキャラたちが、この『長沢君』で、初登場だということ、それから、お金持ちでお嬢様の城ヶ崎さんの性癖がど直球に描かれていることなど、めちゃめちゃ面白そうだったんですよ。(なので、野口さんや小杉といったキャラは、この作品がないと産まれなかった、という説明がありました。真偽は定かではありませんが…)


まぁ、最初から、城ヶ崎さんの性癖については知っていたので、それが見たかったというのも大いにあるんですが、その他の情報から、さらに読んでみたい!という気持ちが高まったのと、最近になってようやくAmazonアカを作って、お父さん、何でも買っちゃうぞ!状態だったことも相まって、勢いでポチりました。(言うまでもないですが、私はに子どもはいないので、お父さんではないです。)


このマンガを一言で言い表すなら、

肥溜めに浸かっているハエとネズミとブタが、誰が一番汚いか、を言い争っているのを側から見るマンガ

といえます。


基本的に、どの話も永沢君と藤木君の会話や長沢君のモノローグから話が始まるんですけど、だいたい、どれも陰湿な会話なんですよね。

一般的に、どんな会話であっても、触れてはいけないこと、言い出してはいけないことってあると思うんですけど、それを永沢君は全部言っちゃうんですよ。例えば、目の前で一緒に話している友人の身体的特徴、背の低さとか太ってるとか、あるいは、その人の考えの意地の悪さとか、そういうことを全部、指摘するんですよ。

特に、いやらしいのが、永沢君の打算的なところで、あるいは、これは永沢君の天然な部分、といってもいいのかもしれないんですけど、会話している相手をはめてから、嫌味を言うんですよ。もう最悪です。例えば、〇〇(悪いこと)するやつってどう思う?って聞いて、〇〇するやつなんて最低だよ、死んだ方がましだよ、みたいな返答をした時に、永沢君は、僕はそう思わないけどね。死んだ方がいい、なんて酷いことを言う君の方が最低だよ、という返しをするやつなんですよ。本当に、めちゃめちゃ笑えます。

このような永沢君の悪魔的冷笑的な態度と彼らの会話は見ていて全然、飽きないんですが、序盤で、この2人の会話に小杉が入ってくるようになるんですが、ここから、指数関数的に、互いが互いを底辺に落とし合う会話に拍車がかかって面白くなってきます。


中でも傑作なのが、永沢君、藤木君、小杉君が、互いの性格について、忌憚なく、語り合うーというよりも、言葉で冷静に殴り合う?ーという回です。各々の卑怯、愚鈍、無遠慮という性格の中でも最低の三つが揃って、互いを非難し合い、誰が一番嫌なやつかをなすりつけ合うんですけど、オチまで含めて全てが痛快ですし、ものすごく、微笑ましい気持ちにもさせてくれます。


基本的には、こんな感じで教室内のヒエラルキー(そんなものがあってよいのか、という話は置いておいて)でいうと、最低最悪のど底辺とも言うべき三人が、さらにその中で、互いを落としあったり、クラスの話題に対して冷笑的な態度を取ったりということばかりなんですけど、意外と?、見ていて、全然、嫌な気分にならないんですよね。ずーっとゲラゲラ笑って読めるんですよ。(永沢君に関していえば、状況を最悪にする天才ですね、最悪にできるあらゆる選択肢の中からもっとも酷いものを選ぶんですよね)


冷笑的な態度をとっている人って、側から見ていて、イタイ気分になってきませんか?

見てるこっちが小っ恥ずかしくなるような、共感性羞恥ごろしというか。まぁ、これは自戒を含めてのことなんですけど…。

冷笑的な態度って、元を辿れば、イソップ物語か何かのキツネと葡萄の話だと思うんですよね。手に届かないから、あれは酸っぱい葡萄なのだと合理化することで、諦めを持たせる。こうすることで、自分の能力不足に喘ぐことなく、その場を後にできる。言ってしまえば、他者へ責任転嫁することで、努力しない自分に対して、自ら向ける刃を合理的に下ろすことができるわけです。こういう態度をとっている人(私を含めて)を見ていると、そんな残念な背景が見えて、ゾッとするというか、見ていられない、嫌な言葉を使うと、かわいそうな気持ちになってきます。


一般的なマンガやアニメでいうと、こういう冷笑的な態度を取るキャラクターって、だいたい何かの壁にぶち当たって、挫折して、仲間を遠ざけたりしながらも、仲間の厚い支えを借りながら、弱い自分を受け入れて努力しな 、成長していく、そんな展開が期待されるところですが、『永沢君』では、一切、そんな展開はありません。最初から最後まで、ずーっと、良い意味で底辺の会話が繰り広げられます。永沢君も藤木君も小杉君も、他の2人になんと言われようが変わりません。しかも、変わらないことを悪びれるような描写や責めるというような描写は全く無いんですよね。他人を貶めつつも、そういうキャラクターとして、存在感を放ち続けるんです。(しかも、彼らは、昔の上流階級の学生みたいな話し方をするので、会話の内容が内容なだけに、そのギャップも面白い要素の一つです)


こういう点は、見ていて安心するんですよね。私自身も、イソップ物語のキツネみたいなところは大いにあって、自分に対する刃をどうにか無視し続けて、過ごしているんですけど、よくあるアニメとかドラマとかって、結局、最後には、同類だと思ってた人が、主人公からの説教をくらって、あっち側に行ってしまう、そんな物語が多くて、見ていてめちゃくちゃ辛いんですよね。娯楽の中ぐらいは、現実逃避させてほしいと常々思っているんですが、『永沢君』は、全然、大丈夫です。ゲラゲラ笑うという表現が正しい、そんな笑いをくれるんです。彼らはずーっとこっち側にいるんです。何回か、あっち側に行きかけるんですけど、やっぱり根が根なので、こっち側にしかいられないんですよ。


さきほど、みていて微笑ましい、と書きましたが、これはそういうところも関わってきています。実際のところ、彼らは、普通のよくいるような中学生なんですよ。だから、冷笑的な態度をとっている永沢君だって、本当はモテたいし、勉強ができるようになりたいし、キャーキャー言われたいんです。でも、そうなれないから、冷笑的な態度をとっている。本人はもしかしたら、そう感じていないかもしれません。いつかそれに気づく日が来て、苦しみの日々を送ることになるのかもしれません。でも、『永沢君』の中では、そんな心配は一切なされていなくて、この冷笑的な態度を悪びれることもなく、訝しむこともなく、ただただ楽しんでいる、そんな純粋な(こういうと、あの永沢が純粋?という感じもしますが)光景がたまらなく好きです。


彼らは、何かにつけ、そのチャンスが巡ってくると、あっち側に行こうとするんですけど、多分、あっち側にいても物足りないような感じもするんですよね。彼らは致し方ないから、居残り者同士がどうしようもなく集まっているのではなくて、自ずから、馬が合うからくっついているんだと思うんですよね。

永沢君は大層嫌がっているので、案外、全然そうじゃないかもしれませんが…


とにかく、このマンガは、側から肥溜めを見て笑っていたと思っていたら、自分も実は肥溜めに浸かっていたことを教えられるものの、それが純粋に楽しめる、そんなマンガでした。

おわり


追記

こう考えると、永沢君にスポットライトが当たったのも当然と思えてきますね。ちなみに、意外だったのが、小杉なんですが、小杉ってアニメだと、傲慢なやつで、みていて腹が立ってくるような、あまり好きじゃないキャラクターだったんですけど、『永沢君』だと、全然鬱陶しくないんですよね。あそこまで、傲慢で食いしん坊というイメージが付与されていないので、そういう意味でもスッキリ、わだかまりなく読めるマンガでした。

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