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【story】推しは誰? ~松戸駅

「うちの係で…まあ、うちの課全体で推しはいる?」

同じ係同僚のミズキが、飲んでいたカシスオレンジを残り一気に飲み干してからそう尋ねてきた。
今日は、松戸駅から徒歩数分のところにあるお店で女子会をしている。
サトミが同じくチューハイを飲み干してから開口一番に
「そりゃ、野本くんでしょ。」
「野本さんは確かにイケてると思いますけど、男としては頼りなさそうですよね?」
サラダを食べながらトモコがそう答える。

「けど、野本くん、ここぞとばかりに男気出したらいいかもよ?」

ミズキ、サトミ、トモコが揃って

「男気かあ…」
「確かに男気出されたらキュンキュンするかもなあ…」
「しかしさ、それ以外にはいないの?みんな野本くんなの?」
「前に所属してた佐藤くんとか、根岸くんも良かったけど、彼らは同じ職場で彼女見つけてそのままゴールインしちゃったじゃん。」

「ああ~それな~」

うちの課内でカップル成立になる確率は確かに多い。
しかも周りにわからないように成立していることが多く、気づいたら課長から「この度、佐藤くんと大川さんが結婚することになりました。」なんて紹介されていることがある。
みんなこの激務の中、うまくやっているんだなと。

「アマネさんの推しは、やっぱり野本くんですか?」

確かに野本くんは可愛いと思う。ちょっぴり頼りないけど、笑うと可愛いし放っておけない。自分が野本くんより年上だからかも知れないが、世話が妬けるというか、しょうがないな~ってつい思ってしまう。
一緒に仕事をしているが、私が年上とは言えども野本くんが1年先輩になるので、教えてもらうことが多い。時々「あ…ごめんなさい。昨年のこの資料自分がまだ持ってて…」と過去の書類を後出しされることがあるけれど…。

殺伐とした職場で、何かしら楽しみを見つけないと確かにモチベーションが保てない。
その考えには私も一定の理解はしている。
どの子が格好いい、誰と誰が付き合っている、誰と誰が実は不倫関係…など。女性陣は話題が尽きることがない。
今日の女子会も本当に久しぶり。大きな飲み会は開催が延期や中止されていて、少人数にしても忙しくて企画までに至らなかった中で、私が今回企画したという訳だ。

ミズキは私より少し年下。同世代ということで一番仲良し。いつも明るくて気遣いが出来る子。
サトミは更に年下。でもしっかり者。いつも冷静で笑うと可愛い。
トモコは一番若く本当イマドキの子。一生懸命で見ていても微笑ましい。

つまり、私が一番ダメというか…垢抜けないというか…
自分にもいいところがあるのだろうか、っていつも思う。
昔からネガティブ思考ですぐ落ち込む。それでも「負けてたまるか」という奥底にある塊のかたまりに支えられてここまで来たように思う。
本当は泣きたいけど、泣く前にやることがあるだろうと踏みとどまる。
過去に何度か精神的にダウンして職場に穴を開けたこともある。
その時の周りからの言われようにも落ち込んだ。

けれど、前を向かなければ始まらないのだ。

そんな挫折を経験してきたことは、ミズキ、サトミ、トモコは知らない。

というよりも、気づけばそれだけのキャリアを積んできたからだ。

女子会は話が尽きることなく、たっぷり4時間飲んで食べて喋った。

私もすっきりした気がした。
悩むことはある。考えてたらキリがない。
けれど心の中にあるモヤモヤが晴れることはない。
すっきりした、という感情が完璧に心の中を掃除した訳ではない。

「…そろそろ辞め時なのかも知れないな。」

お店から松戸駅まで移動し、私以外の3人は同じ方向なので改札を通ってすぐに別れた。
私は別のホームでひとり。
松戸駅は常磐線ホームと、新京成のホームとがある。
新京成ホームに止まっているピンクの電車を見つめながら、常磐線が来るのを待っている。

待っている間に、LINEが鳴った。
今日の女子会のお礼かな、と思って開いた。

『お疲れ様です。今日の女子会どうでしたか?少しは気持ちが楽になった?…と言いたいところだけど、悩んで落ち込んでいるのかなと思ってLINEしました。この後まだ時間ありますか?返事ください。』

『アマネさんに会いたいんですが、いいですか?』

…野本くんからだった。
こういう時に男気出すから、キュンキュンするんだよなあ。

電車に乗って、急いでLINEに返事のメッセージを送った。

『わたしも、会いたいです。』

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