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低価格イヤホン再訪の旅:30$以下編

イヤホンを買い漁るようになり、一年が経った。

濃密な時間と情報量と体験の密度に「これでたった一年なのか」と驚愕すると同時に、手元のコレクションの価格帯を思うとその短さに納得している自分もいる。
とにかく一年。レビュワー路線に舵を切り、多くの繋がりができ、イヤホン界隈と関係のない相手と繋がる鍵にもなり。
しかしイヤホンが原因で(隠匿事項)が起こり、引退の引き金にまで繋がる、そんな幸運も不運も運んできた数奇な縁。
今となっては私の重要な生き甲斐の一つであり、退屈な人生において中華低価格イヤホン市場の進化は最大級の楽しみといって間違いないものになっている。

一年間。この一年間で進化したのは、市場だけではない。
娯楽費の大半をここに注ぎ込んだ私の再生環境も、そしてこの経験によって持つ知見も大いに進化した。
「多々買い」を始めたばかりの頃にレビューした、触れた、そんなイヤホン達に対する認識も、今改めて聴き返すと大いに変化している。
嫌いだった地元も、久々の帰省では素敵な街だと思えるかもしれない。
私は、そんな古い友人達の元を改めて訪ねてみる事にした。

要するに、以前購入したイヤホンの中から幾つか選んで印象の変化を感情のまま語ろうというだけの話だ。
所謂駄長なオーディオポエムというものだが、私が低価格帯ばかりを嗜む貧乏耳という事もあり、価格帯に対して些か大仰過ぎる上理解し難い所謂「ポエム的」な表現が乱用されている。
それを理解した上で読みたいと思う、他人が静かに趣味に狂う姿を動物園の柵越しに覗きたい悪質な趣味を持つ人と、そして何より2021年末の自分が何を思っていたかを知りたいと思った時の未来の私の為に記す事とする。
マジで長いので覚悟はして欲しい。一応目次は出しておくので、気になる機種だけを読みたいという人はそちらを使うよう。
ただ一つ、初めに理解しておいてほしいのは、「これはレビューではなく感情任せの感想文だ」ということである。真剣なレビューはばいそ○か氏辺りに、陽気なレビューはふぐ○かん氏辺りに当たって欲しい。

KBEAR KS1

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このイヤホンは、レビューを初めてかなり初期の頃にEasy earphonesから提供品として頂いたものだ。
当時の再生環境はKOMPLETE AUDIO 1とZishan Z3だっただろうか。当時は満足していたが、今ではKOMPLETE AUDIO 1はスピーカー専用になったし、Zishan Z3に至ってはケースの中で眠り続けている。悲しくも思えるが、彼等が退いた事でこれらのイヤホン達の魅力はより一層引き出されたのだ。
さて、本題はKS1だ。低音の強さが印象的ながら偏りすぎず高域がある程度派手で、とはいえ個性の薄いドンシャリの1DDだ、おすすめを選ぶ時には候補に挙がらないが悪くない、と。当時はただそれだけの印象を必死に引き伸ばしたレビューを投稿したものだ。
そして今。改めて彼に謝りたいと思う。
彼は間違いなく、為すべき事を為していた。特筆するに値する実力者だったのだ。
全体に解像感はそう高くない。ナローと評する程ではないが、どちらかといえば細部を描き出す事より雰囲気や響きを尊重するイメージだ。
低域側を中心に中域にかけてそのイメージが特に強く、重低域の響き等は音楽に厚みと深みを与えている。非常に「良い雰囲気」なのだ。
そしてボーカル帯域においてもこの印象があり、結果として男声ボーカルが近く艷やかに感じる。少しごちゃつくイメージは否めないが、ここをシビアに分離させようとしていないからこそのこの雰囲気ある音色なのだろう。
高域側も解像感は低めだ。しかし眠い音という訳ではなく、大雑把な輪郭を力強めに描き出す。
そして物理的にも軽めで聴き疲れしない。ストレス無く気軽にイケボを浴びる幸せな時間だ。
KZやTRNが多用するような派手な個性ではない。低域寄りのドンシャリでありながら響きと雰囲気のあるボーカル表現、という素直で魅力的な、しかし中々伝わりにくい魅力がこのイヤホンのキモなのだ。それを本当に心の底から理解する為に、あまりにも時間を費やしすぎてしまった。
そしてこれは、KBEARというブランド自体の個性でもある。一目で理解できる飛び道具に頼らず、時間を掛けてゆっくりと理解できる、本当に素性が良い商品を多くつくるブランドだ。中華イヤホン市場において最も報われてほしい存在だと個人的に思っている。
TETRA-FANG時代の瀬戸康史氏の歌声が好きだ。仮面ライダーキバがそもそも大好きなのだが、その「好き」の八割程は彼の歌声によって形成されている。
このイヤホンでそれらの楽曲を再生して、改めてそれを思い出したのだった。

NICEHCK X49

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このイヤホンに触れたのはそう前のことではない。再生環境がZishanZ4になった後の事だ。たぶん。
あの時の印象はシンプル。「BAらしい硬質な音色、多めのベースに諦めたサブベース、前面に定位するも少し曇ったボーカルから中高域」。
1BAの魅力を感じるも、どうも価格設定により無理をしている。しかしこの価格で1BAの魅力に触れられるという事実自体が異常であり、結果的に「経験として」完成度以上の魅力を持った一機だと評した。
この評価自体はあまり間違っていない。が、この時感じた曇りは簡単に解消した。
単純な話だ。再生環境の駆動力が不足していた。
TASCAM UH-7000というオーディオインタフェースをある縁で入手したのだ。これは発売から七年が経過しているモデルだが、オーディオ機器としての設計が優れており、今でもそのダイナミックレンジ感には驚嘆させられる。
このインタフェースはヘッドホン出力が強力で、インピーダンス的に他の環境では曇ってしまうようなイヤホンでもパワフルに鳴らしきれる汎用性の高さが魅力的だ。
最もWindows 10以降の世代とドライバの相性が悪いようで、あまり挙動が安定してくれないので、今となってはあまり積極的に勧める事はしたくないのだが……。
X49に話を戻すと、このイヤホンに用いられているケーブルはコストカットの為かどうやらひどい安物のようで、インピーダンスがだいぶ高いように思える。
本来ならばケーブル由来の曇りはリケーブルによって解消するのが王道というものだが、リケーブルに対応していないX49においては、再生機器のパワーを高める強引なアプローチを用いる他無い。そしてそれは非常に効果的であった。
UH-7000に接続されたX49は中高域の抜けの悪さがだいぶ解消し、金属的な高域の煌めきを素直に楽しめるようになった。
逆に強い印象のあったベースは一方後ろに下がる。他音域を裏から支えるに徹するベース。入手時に想像していた音色はこれだ、これなのだ。
そして近くに定位するボーカルは、少々強めの歯擦音こそあれどしっかりと強く主張する。そこには以前のような退屈な曇りはまるで無く、こちらを向いて語りかけるような抜けの良さとくっきりとした輪郭だ。
金属筐体1BAの質感というものだろうか、音楽が薄い金属板を何層にも重ねたものであるように感じられる。成程、これは王道からは外れているが、しかし確かに美しい。
しかし流石にケーブルが貧弱過ぎる。近い傾向の上位機種が欲しくて仕方なくなる。この沼へと誘う効果は、きっとX49の設計段階で最も意図されていたものだろう。

TRN M10

Amazon(やや割高なので非推奨) Aliexpress
まず、私はこいつをいつ買ったのか全く覚えていない。
買ったばかりの時に何を思ったかも覚えていない。
高域側の鋭いキレを楽しく感じたような気がするが、今聴くとまるで異なる印象を覚えるのだから不思議なものだ。
小型金属筐体の低価格1DD1BAと言うと、マニアが真っ先に想像するのは全体的に鋭く解像感に振ったようなスピーディーでキレるサウンドや、少しキツめの中高域だろう。
しかし、どうにも今聴いている限りでは、全く異なる印象を放っている。
記憶に反して妙にニュートラルな質感を持っていて、むしろサブベースはやや柔らかいまである。
ベースはやや少ないものの、サブベースは逆に驚くほど多く重く吐き出される。この見た目のイヤホンがこれだけサブベースを多量に吐く事は普段は先ずないのだが……。珍しいこともあるものだ。
兎に角妙な重量感のサブベースが際立つ。低域側のアタック感は少なく、わずかに膨張しつつ重量に振り切っている。ずっしりと響き、高域成分の少ない曲ではふざけた低音ホンのようにさえ感じられる。
そして中域が妙に丁寧だ。歯擦音は非常に少なく、TRNにしては柔らかめの質感を持っている。
音量バランスとしてはそう強い音域ではなく、むしろ中低域は凹んでいるのだが。丁寧な中域、中高域の表現によってかなり自然に楽に聴けるボーカルだ。
中高域から高域にかけては記憶と食い違い、ある程度解像こそするもののキツさの無い音色だ。
シンバル等の金物の音色はある程度際立つものの、アンダー20$としてはかなり珍しいレベルで乱雑さのない音色であるように思える。
少し高めの男性ボーカルや女性コーラスは非常に明るく、質感としてはだいぶニュートラルで刺激少なめな中域付近ながら元気な印象を感じさせる。
そして、キツさは無いにも関わらず、この中高域の明るさは間違いなく「TRNらしい」音色なのだ。
たった10$で1DD1BAの、それもTRNにとって初搭載となる種類のDDを搭載した、そしてリケーブル可能仕様のハイブリッドイヤホンを販売しよう。そんな狂った試みは、当然ながら数多の歪みを生んだ。
左右のハウジングはコネクタの極性が両方とも同じで、普通の耳掛け用ケーブルを普通に接続すると逆相接続になってしまう。付属ケーブルか、中華2pinと呼ばれるタイプの、それも耳掛け用サポートの無いもの……例えばNICEHCK C24シリーズ等しか取り付けられないのだ。
そのケーブルのグレードもあまり良くないのか、X49同様の曇り問題が発生しており、出力不足の環境では露骨に中域が曇る。
しかし、それを乗り越えた先には、TRNらしさと中華低価格ハイブリッドらしからぬニュートラルな質感を楽しく併せ持った不思議な音色が待っているのだ。
AC/DCのHighway to hellやTouch too much等、実に楽しく聴かせてくれるのだ。この奇妙なまでに深くからキレすぎずに響くサブベースがそれに貢献している事は、無論今更言うまでもない事だ。
駆動力とダイナミックレンジ、低ノイズ性の全てにある程度自信のある環境をお持ちの方であれば、きっと価格帯以上に楽しめるだろうし、場合によってはお気に入りが一つ増えることになるだろう。
あ、イヤーピースは変えた方が良い。今やKZを殆どのクオリティ面で凌駕するようになったTRNだが、付属イヤーピースでは「フジツボ未満、KZTWS以上」に落ち着いているように思える。

TRN STM

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このイヤホンは本当に地味だ。そして、真の地味とは特徴や魅力を持たないという事を指すのではない。
無二の特徴や魅力を多く持ち、それによって本来であればひときわ強い存在感を放っていてもおかしくはない。にも関わらず、STMはTRNの中でもかなり日陰者の印象を持ったモデルであった。
と、言うより。ざっくり2020年の後ろ1/3ほどの時期に発売されたモデル全てが日陰者に徹していると言っても過言ではない。それほどまでに、KZ ZSTXという存在は圧倒的な存在感の権化であった。
発売から既に一年半近くが経過した今でも、初心者に取り敢えず一機勧めよう、或いはKZ未経験者にKZの音を聴かせよう、という時には「ZSTXは全てを解決する」。まさしく中華イヤホンの顔と呼ぶに相応しい、誰もが認める無二の存在。それがZSTX。
しかし、STMもまた、TRN版ZSTXとでも呼ぶべき立ち位置に立ち得るモデルだったのだ。そしてその完成度も、ギミック的な面白さでさえもZSTXを凌駕している。
だいたいざっくり3000円。この価格帯でフィルターギミックを搭載しているモデルは、私は他にPlextone G25くらいしか知らない。リケーブルまで含めれば恐らく無二だ。
最も私の好みの問題で最も高域の刺激的な金フィルターしか使用しないのだが、しかしこれは同時にTRNらしいSTMの魅力を最大限に引き出すフィルターだ。特に間違った楽しみ方ではないだろうし、より低域に重心をシフトしたい(というより高域の刺激を抑えたい)、といった需要にも一機で応えられるのは素直に素晴らしい事だ。
そしてこの一機の音色は、これもまたTRNを象徴するようなものである。それも昨今の、それこそかつて勝手に剥がれるフェイスプレートを作っていたようなアホな時代とは違う。
近年の、かのKZの競合として一切遜色無いどころか、むしろ製品の純粋な質ではほとんど凌駕したと言って遜色無い、「強いTRN」だ。それがこの一機には詰まっている。
M10とは違い膨張の無い、解像感を保ちキレる低域は、TRNをこの低音偏重市場の中で明確にこれがTRNの音色であると定義づける上で重要なファクターだろう。それをSTMは非常に分かりやすい特徴として持っている。
スピーディーにキレつつもしっかりと深い所から響くサブベースは、しかしSTMにおいては他音域の裏を支えるに徹している。しっかりと主張する音量とキレを持ちつつも、決して他音域を覆う事はない。
音量バランスとしてはやや凹む中域は、やはりTRNらしいやや人工的なスピード感が魅力的だ。
少しあっさりとしたドライながら見通しがよくクリアな質感は、若めの男性ボーカルのスピード感ある歌唱等と非常に相性が良い。
TETRA-FANGの「Lightning to heaven」などとは相性抜群なのではないだろうか。と書いている最中に少し中域が埋もれやすい気もしてきた。不思議なものだ。ともあれ歌唱の傾向の相性自体は間違いないのではなかろうか。当時の瀬戸康史氏の歌声、本当に好きだなぁ。
中高域から高域はTRNらしい派手な元気さで、この音域の明るさによって全体に非常に明るくクリアな印象が決定付けられている。
主要パートを中心に多少取りこぼしがあろうとも目立ち際立つパートのみをギラギラと焼け付くように鋭く出力するKZの高域とは異なり、TRNの高域はより多くの情報量を全て硬質な質感で分離して出力する。
KZの強烈さに振り切った攻撃的な高域を乱雑に振るわれる一振りの太刀とするならば、TRNの煌めきながらも素直に伸びる高域はさながら神速で振るわれる達人のスモールソードだ。丁寧ながら確かな切れ味が隙無く振るわれる。(今回はポエム上等だ、たまにはこういう事も云わせて欲しい)
少しシャリつきながらも音楽の中心から明るく爽やかな風を送るようなこの中高域こそがTRNらしさの象徴である。これによってTRNのイヤホンは独特の爽やかさを纏い、そしてSTMはそのTRNらしさを最大限に味わえる名機と言えるだろう。
この完成度がありながらしかしレビュー記事は驚くほどに少ないのが、この時期におけるZSTXという存在の偉大さとKZに対するTRNというメーカーの立ち位置を表しているように思える。あまりにもこの二社のライバル関係は明確になりすぎてしまっていたのだ。
Googleの検索ページ一枚目でさえあまり埋まらない程に話題に挙がることの少ないイヤホンだが、そろそろ一年越しに彼について語らってみてもいいのでは無いだろうか。ZSTXの衝撃が去った今だからこそ、STMの魅力を語るには相応しいだろう。
……最も、付属ケーブルがこの価格帯で6N OCCを謳っている事には当時も盛大にツッコんだものだが。
しかし昨今のJIALAIの大躍進を見ていると、どうにも事実のようにも思えてしまうのが、この市場の恐ろしいところだ。

KZ ZSTX

Amazon Aliexpress(アフィリエイトが適用できる安値の出品が無かったのだ)
あの名機中の名機、ZSTXを「再評価」だとッ!?真剣な真似してその面はニヤけて歪んでいるのか!真正のドアホウなのか!
いや違う。新作にかまけて殆ど使わなくなってしまっていたのだ。
ZSTXは私にとって多々買いの切っ掛けになった大切なイヤホンだが、それはつまるところ最も早く後から増やしたイヤホンに印象を上書きされてしまったイヤホンであるというところも意味する。
しかしまた改めて向き合ってみると、これがまた人気の秘訣も一聴で解るだけの力を持っているのだ。
国内で流通する多くのモデルより遥かに明確に強烈な低域は重く深いだけでなくキレにも秀でており、そしてその強烈な低域とBAらしいソリッドでスマートな高域が両立している。それを受け入れやすい範疇に収めた上で。
成程、低域の重みばかりを追求し曇ってしまった他の低価格低音機から乗り換えた時の感動は容易に想像がつく。兎に角理想的な入り口なのだ。
中高域の情報量が多すぎないのも良い。1DD1BA構成の魅力の一つは音色の単純さだ。
低域の主要パートと高域の主要パートの輪郭に強くフォーカスし、鋭角に切り取るように描き出す。そして音量バランスは明確でパワフルなドンシャリで、ボーカルはそのキレの良さによって埋もれを回避しているものの最前面からは退く。その温度感は良い意味で標準的か、或いは少し熱を帯びるようだ。
割と詳細や細部は置き去りだが、それでよい。主要パートが強烈に主張して印象に残る音を奏でられれば、ZSTXはそれでよいのだ。
音色の全てが強烈で分かりやすく、「雑に楽しい」のがZSTX最大の魅力だ。重く強い重低音のキックと高域で派手にギラギラと主張する金物。しかし曇らず、刺さりもしない、というこれらを両立したモデルは、確かに中華ハイブリッド市場以外では少々入手しづらい。
そしてただの初心者向けモデルという話でもない。残響のような艶みを出す要素ではなく、キレの良い硬質な寒色系のドンシャリとしての一貫したキャラクター性は、ZSN Pro系とはまた異なるKZらしさを定義しているようなサウンドだ。
「もしかして中華イヤホンって面白いんじゃないか?」という君の思いを確実に後押しする最高の入門として、かれこれ一年半ほど低価格市場の頂点に君臨するZSTX。
匹敵しうる完成度や価格設定のモデルが増えてきた今でも、音色やポジションまで含めると入門の最適解としてはやはりこの名を上げざるを得ない、そんな納得感がある。彼の多忙な仕事はまだしばらくは続きそうだ。

CCZ Melody

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いやお前一個前の動画やないかい!!!!!というツッコミが予見される。
御尤だ。印象が変わるにはあまりに早すぎる。が、ここ最近で最も印象の変化が大きかったのがこのMelodyなのだ。
あの動画の製作中にZishan Z4でしか使用しなかった愚かな己を呪いたい。UH-7000に接続するだけでこれだけ大きな印象の変化があるというのに。
中高域が記憶より遥かに明るく、中域のごちゃつきもだいぶ(記憶よりは)少ない。VOCALOID楽曲にありがちな情報過多でも曇りを感じない程度に収まっているのは予想外だった。
無論、だいぶ過密な印象は消えない。KZ系の圧というものは爆速で寄せては神速で引く波のように、圧と締まりによるキレによって齎されるものだが、CCZ系……特にMelodyは異なるように思える。
締まりはあまり強くなく、ぎっしりと詰まった圧の中にひときわ際立つ強烈な圧が次々と現れ、次々と過密の中に帰っていく。
低域のパワフルな圧が捌ききれているのは、サブベースがベースに対して弱い事で締まりのゆるさの割に膨張感が抑えられている事によるのだろう。
しかし決してサブベースが不在な訳ではなく、またベース自体は非常に強烈な為、刺激不足で退屈な印象を生むことは決して無い。
というかそもそも全域が割とやりたい放題に暴れているイヤホンだ。その中でドライバ構成的にやや手隙になっている中域が若干凹み、若干遠くなっているのが不憫に思える。それほどに大暴れしている。
高域側もシャリシャリギラギラとさほど整頓もされていない状態のまま派手に鳴らしてくる。
これは団子状態で迫りくる圧などではない。ただ順番待ちという概念を持たず、後ろに並ぶ相手に譲ろうという考えを持たないが故に大量のバカがこちら側に殴り合いながら突っ込んできているだけなのだ。
ボーカル?ああ、彼は最後の良心だ。君には胃薬をあげよう。
ともあれサブベースが重要過ぎる曲やキレ過ぎる曲以外は大体何でも愉快に派手に楽しく豪快に鳴らす。私の推し、「螟上?邨ゅo繧」の楽曲にはあまりにも合わないのが少々残念だ。何故か彼の曲は全てこのイヤホンでは曇ってしまう。奇妙だ。
そしてこのMelodyの魅力は先述の通りZ4によって埋もれてしまっていた訳だが……しかしKS1の魅力はZ4によって引き出されたので、決してZ4が悪いDAPという訳でもないのだ。
個性と相性。複数の再生環境を持つ意義というものを、強く実感することになった一件だ。

CCZ Emerald

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Melodyを再評した事でふと気になった。あのレビュー動画で最も気に入っていると評したEmeraldは、今聴くとどう感じられるのだろうか?
結論から言おう。お前別人だろ。
レビュー時に感じたウォームな印象はだいぶ薄らぎ、寒色と評するほどではないもののMelodyより遥かにキレて高分離な印象に変貌した。
取り敢えず前回のレビュー時を意識してMelody、そして以前の印象との比較を中心にして考えてみる。
まずCCZ系にしてはサブベースが多く出る。というかだいぶ多い。この音域の質感はだいぶ柔和でアタックしないというか、裏を制圧しているような印象だ。
しかし質感に反し量としては圧倒的で、強烈かつ半ば過剰でさえある量感が音楽を常に支配する。それでいて最前面で他音域を食っていないことが不思議でならない。
唸るような低域に松果体を掻き回されながらも、中域以上の抜けが奇妙に良い。やはりボーカルは少し遠いが抜け自体は良好で、距離を持ちながらも存在感を保っている。
中高域、高域はMelodyと比較し抜けこそ良くなったものの勢いはこちらの方が弱い。全体的に知性の欠片もないバカの群れが好き勝手暴れているのがMelody、統制を取った結果新ルールに適応した低域の存在感が単独で際立つようになったのがEmeraldだ。
しかし中高域にある程度の明瞭さがあり、KZ系のような強烈な刺激は持たないが輪郭はしっかりと形状を硬く守っている。
Melody程曲を選ばないが明確な個性がある。退屈でないのに刺激が少なく、ゆったりとした休息の時間をもたらしてくれる。
ド低音で終わらないド低音、圧倒的低音量に反して退屈さの生じない名機。やはり、ディスコンになるのはあまりにも早すぎるのではなかろうか……。

KBEAR Lark

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狂ったように毎日推していた一本。故にこそ、逆に再評価という目を向ける機会を失っていたなと改めて思う。
そして再度真剣に触れ、向き合い、私はこのイヤホンに惚れ直した。
派手なバランスもしていない、個性という軸で言えばかなり地味だ。しかし1DD1BAという構成の魅力がしっかりと詰まっている。
低域の力感量感はやはりこの手の中華ハイブリッドとしては控えめだ。しかし表現として不足することは無いのがこのイヤホンの魅力。
誇張されたものばかり聴いているとあまりに薄味に感じるが、しかしどの音域もしっかりと発音されている。
沈み込みも十分で、バランスの大人しさの割に退屈さを感じさせない。魅力的な質感だ。
その上で他音域を食わない表現、というのを全域に渡って強く意識している様に感じる。そのため非常に見通しがよく、クリアな視界を体感できる。
どの音域を見ても遠くに離れすぎているものはなく、基本的に音源の意図した通りの距離感で表現される。
中高域側は少し厚みを削って輪郭の鋭さや明瞭さに振ったような印象があり、幾分か明るい印象。
決して解像感がシビアに誇張された質感などは持っていないのだが、しかし分離は明瞭で音場も素直な広さがある。
情報量も誇張無く、しかし明瞭に発音される。透明感があり、どこか爽涼なイメージだ。それでいて刺さらず、歪みも少ない。
低域側の沈み込みや質感の良さとこの明るくやや硬質で歪みのないクリアな高域の両立された質感、これこそが1DD1BAという最小構成のハイブリッドの魅力であると再認識させてくれるイヤホンだ。
妙ちきりんな個性はない。癖者でもない。「低音圧がすごいから買ってみてくれ」とも「このとんでもない解像を聴け」とも言えない。
故にこそ、このイヤホンには価値がある。何か一分野で突出していない、その範疇に収まる中で優れた音色を実現した。それこそがこのイヤホンの最大の魅力なのだから。
今この記事を書きながら鳴らしていたら、「REAL×EYEZ」との相性があまりに優れていることに気が付いた。
高低の表現力が派手なロックサウンドのキレを保ち、同時に他音域を食わない見通しの良い音色がゼロワンのソリッドな世界観を感じさせる。
そして非常に豊富な情報量が潰れず、ただ勢いの強い音色ではなくそこに含まれる風景をクリアに描き出す。冗談抜きに、この記事を数日間掛けて書いていて、その間で最も感動したのがこの瞬間だ。
「Another Daybreak」とも無論相性が良い。まあ、Larkは汎用性が極めて高く相性の悪い楽曲は殆ど無いのだが。
強いて言うならREAL×EYEZや夜咄ディセイブのような、硬質な音作りのロックとの相性には秀でているように思える。私の好みだ。

NICEHCK DB3

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我らが変態、NICEHCK。その変態性が低価格帯に滲出しちゃったド変態。
グラフェンコートとPETの10mm2DDという変態構成に1BAを添えただいぶ珍妙な構成だが、駆動力の強い環境では……やっぱり変だ。
低域から中低域にかけて、兎に角尋常ではない厚みに満ちている。ギッチギチに密度が高く分厚い低域が、しかし唸るような独特のキレを持っている。
強烈に膨張したような量感を持ちながら、しかしギリギリの所で輪郭を保っている。増えすぎた所を削って輪郭を保つ、というよりは出鱈目に増やした上で輪郭を保っている事にした、という印象だ。
強烈な低音の塊の後ろから更に強烈な低音の塊がやってくる。これを永遠に繰り返し続けるような強烈な体感。
音源によってはキレ味を失ってしまう事もあるが、AC/DCのHighway to hell等では非常に圧とキレの気持ち良いパワフルで「カッコイイ」ベースを鳴らしてくれるのだ。
DB3の音色はどこか妙に古いスタイルの格好良さのようなものに満ちている。キャラクターで例えると餓狼伝説のテリー・ボガードのような、昨今のパーカー着込んだ陰気小僧の為の電子音楽より幾分かワルぶったロックバンドのような。
そんなアメリカンな熱量とでも呼ぶべきだろうか。そんなものを思わせる音色を持っている。なおNICEHCKは中国のメーカーである。
これでは低音で話が終わってしまうが、中域以上もやはり魅力的なのだ。
BAらしい硬質さがこの強烈な低域の中でも埋もれずにきっちりと鳴り響き、ギターやボーカルの熱気を感じさせる。
寒色系ではなく、決して鋭い中高域という訳ではないのだが、低域の熱に同調するかのようなキレと勢いが気持ち良い。ヒュー!カッコイイぜ!
低域の量の割に保たれている輪郭と合わさり、奇妙なまでにこのイヤホンの音色は全域で一体感を持っているのだ。
ゴリゴリマッチョの白人と縦にバカでかい黒人と、陰気な坊主もチアリーダーもデブ太郎も腰の折れた爺ちゃん婆ちゃん、諸人こぞりてヘルイェー。そんな人種から老若男女からあらゆる物が関係無しに詰め込まれたフリーダムなメリケン世界観。そう、今日はロックスターが俺達の街にやってきたのだ。そんな情景がなんとなく浮かんで仕方ない。
オーディオレビュワー失格のとんだ出鱈目ポエムだ。
なおNICEHCKは中国のメーカーである。

あとがき

無論他にも私の手元にあるイヤホンを再評価したい気持ちはある。が、あまりにもキリがないのだ。
記事の文章量としてあまりにも膨れ上がりすぎてしまい、誰かに読ませることの出来ないものになってしまう。
という訳で、ここで一区切りとさせて欲しい。兎に角、再評価の為に以前のイヤホンを片っ端から聴き漁る時間は非常に楽しく充実したものだった。
ずっと私の手元にあった、もう幾度となく聴き倒した筈のモデル達でありながら、しかし新しい発見と絶えない刺激に満ちていた。
許される事ならこれだけをしていたいとまで思える。同じ音楽を幾ら聴いても飽きが来ないのだ。
素晴らしい趣味に出会えたことにつくづく感謝しつつ、この言葉を以て一先ずの締め括りとさせてもらおうと思う。

お前らも買え。私も買ったんだからさ?

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