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それが、生きること?

 アラフォーに突入して、私はだんだんと「死」を意識してきた気がする。まだ早いって? まあまあ。その辺は人によると思います。

 さて、生きるってなんぞや? って考えた時、正直言って誰も明確な答えを言えた人はいないんじゃなかろーか。と思って調べてみた。

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「人生はすべて実験である。実験の数は多ければ多いほど良い」ラルフ・ワルド・エマーソン(アメリカの思想家)

 試行錯誤する楽しみを生きがいにし、ああでもないこうでもないと何かを試し、結果、豊かな人生(≠金)が得られるかもしれないってことか。私が対戦で負けまくってもAC6の機体いじりがやめられないのと同じですね。

 実際の人生に置き換えてみると、未来は誰にもわからないから、色々やってみろ。それが多いほど経験値になるぞって意味なんだと思います。ただし犯罪はダメだぞ!

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「誰かのために生きてこそ人生には価値がある」アルバート・アインシュタイン(ドイツ生まれの理論物理学者)

 まだ私が未熟なだけかも知れないが、これはあまり賛同できない。人生って自分だけのものでしょう? 貴重な「生」の時間を他者に捧げることほど勿体ないことはない気がする。
 無論、配偶者やお子さん、友人らを大切にする考えも大いに賛同できますが、それもまた自分が幸せになるための手段なんじゃないかなって。これは性悪説的な考え方かもしれないです。
 私は自分の道を歩みたい。

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「人生で一番大切な日は自分が生まれた日と自分が生まれた理由が分かった日である」マーク・トウェイン(アメリカの作家)

 これはすごい分かる。何のために生まれたのかを知れるだけでも生涯を捧げてもいい。もしかしたら前項で紹介したアインシュタインの名言と同じ到達点に向かうかもしれないし、自分の中ですっと落ちるように馴染んで気づくような着地点でも構わない。
 しかし、皆が知っているアンパンマンの歌にもあるように「何のために生まれて、何をして喜ぶ? わからないまま終わる、そんなのは嫌だ」といった感じに、わからないまま終わる人が殆どなんじゃないですかね。
 私もそのパターンになるかもしれない、という危機感は持ってます。
 だからこそ、このまま惨めに死んでなるものか、精神的な幸福を得たい。と思うわけです。

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「人の価値とはその人が得たものではなく、その人が与えたもので測られる」アルバート・アインシュタイン(ドイツ生まれの理論物理学者)

 これもかなりわかる気がする。間接的に「誰かのために生きてこそ~」を認める形になりますが、人はいくら富や名声を手に入れても、人柄や人徳が伴っていなければ悲惨な人生の最期を迎えることでしょう。
 そう、ここでアインシュタインが言っているのは「物理的な施し」でなく「愛」や「いたわりの心」に似たものなんじゃないかって思うわけです。

 例えば日本人全員に政府が1億円を一括給付したとしましょう。その中で誰が幸せになれる? 金銭感覚が狂い、ギャンブルや無駄な買い物を繰り返して破産する人も出てくるでしょう。手堅く貯蓄に回すのも一見賢いように見えますが、それでは経済が停滞してしまいます。何のための1億円なのか。老後のため、というにはあまりにも理解できるし寂しすぎる。

 なので、ちょっと極端な例でしたが、「与える」と「施し」はまるで意味が違うってことを言いたかったので、大目に見てもらえると助かります。
 やっぱり私は、人と人とが優しくし合うのが最も幸せに近づく道だと思う。

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「一番大切なのは人生を楽しむこと、幸せでいること。それが全てです」オードリー・ヘップバーン(イギリスの俳優)

 ラストはこれで。オードリーの考えが私にぴったりハマりました。せっかくの人生、楽しく生きなきゃつまらない。誰かの影に怯え、萎縮する日常なんて最悪で最低です。そういうことで苦しんでいる人は、自分が幸せになれる道をひたすら模索するべきなのです。
 私も幸せを探しながら生きてます。もしかしたら、それが私の生きる理由なのかもしれません。

 最後に。人はあまりにも不幸に頭を突っ込みたがる。自分から不幸になりに行ってる人が可哀想に思えるほどいる。
 SNSを開いてごらんなさい、いわゆる「映える」写真や外食の写真、ゲームのガチャ神引きをしたスクショ、旅行先で美しい風景を撮影した一枚などを、まるで競うようにアップしています。気持ちは痛いほどわかりますが、承認欲求を越えて生存競争かな、と思ってしまうほど滑稽だと思います。
(思い出のシェアや、好きでやっている活動なら構わないと思います!)

 また、特定の主義主張を人に押し付け、拡散し強要するパターンもありますね。そういうのは、同じ考えを持った狭いコミュニティの中だけで、永遠に完結していて欲しいものです。

 以上のように、人は幸せになれるはずなのに自分から不幸になりにいってるのです。

 生きる意味、生きる軸をハッキリさせたいならこうしろ……なんて説教じみたことは言えませんが、幸せになる努力を放棄しなければ、どこかしらで良い知らせやチャンスが舞い込んでくると信じています。

 生きることって、幸せを求めることなんじゃないかな、って少しだけ、私個人の答えが出たような気がします。
 ただ、他者を不当に支配したり、貶めたりマウントを取ったりして愉悦に浸るような幸せは感心しませんね。

 そういうことで、文字数も増えてきましたのでこのあたりで。

 はぶあぐっどらいふ

参考ページ:https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/7eb38ea2ba62e0a397db80e100710ca22f871982

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