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35|自閉症児の姉として生きる

自閉症の弟。高校一年生。
特別支援学校に通っている。

「〇〇(弟)くんの“お姉ちゃん”」
幼い頃、私はそう呼ばれることが多かった。

障害児のきょうだいとして生きること。
それは、想像以上に過酷なことである。


「まだ小さいのにしっかりしてるね」

私はこう呼ばれることが嫌いではなかった。
褒められることは嬉しかった。

でもいつの間にか、
それは私の重荷になっていた。

しっかりしなきゃいけない
いいお姉ちゃんでいなきゃいけない
お母さんを困らせちゃいけない
私ががんばらなきゃいけない

まだ小さな体で精一杯ランドセルを背負う私は、幼いながらに気を遣い、いい子であり続けようとした。
だって、お母さんに褒められたかったから。


「弟ばっかりずるい」

褒められたくてそう言ったことがある。

私だったら数分で解けちゃう迷路のプリントをしている弟の横で、何分もかけて必死に計算している私が、もっとがんばりなさいと怒られた。

弟に大切なものを壊されては、触られるところに置いたあなたが悪いと言われた。

弟と喧嘩したら、あなたはお姉ちゃんなんだから我慢しなさい、手加減しないと諭された。

「なんで弟ばっかりかまうの!」と怒った。
「しょうがないの」と返された。

「弟ばっかりずるい!」と泣いた。
「ごめんね」って言われた。


あきらめ

学生になって、ある程度自分で考えて、好きなことをできるようになった。

それでも、寂しかった。
私を見て欲しかった。
もっともっともっと、愛をくれたなら。

なんで私ばっかり。もし弟が健常だったら。
変えられない運命、不幸だと思った。

私は、自閉症児の姉として、
きょうだい児として、生きていくんだと、
生きなければいけないんだと、あきらめた。


できること

結局私は体を壊した。自分も精神疾患を患った。

きょうだい児として生きること、いつ治るか分からない自分の病気と付き合うこと、はっきり言うなら、そりゃあ良いわけない。

「苦しいこともいつか役に立つ時が来る」なんて、そんなキレイゴト、大嫌いだ。

辛い時の方が多いに決まってる。
みんなのように自由にできないことが本当に悔しい。


でも、ちょっとだけ
思えるようになったことがある。


もしも目の前に立ち止まってる人がいたら、

私は、みんなより少しだけ、
ほんの少しだけ、
その苦しみが分かるかもしれない。

ほんの少しだけ早く君を見つけて、
寄り添うことができるかもしれない。

私だからできることがあるかもしれない。

世界中のみんなを助けて笑顔にするなんて、そんなことは到底できないけれど、

これからを生きる子どもたちに、きょうだいたちに、何か一つでもしてあげられることがあるのなら。
ちょっとだけ幸せにしてあげたい。
私と同じ思いをして欲しくない。
できることなら、苦しまずに生きて欲しい。


私が伝えていくこと。話をすること。

それがいつか誰かの優しさになるのならば、

私は自分のことを伝えていきたい。


これからも私は自閉症児の姉として生きていかなければならないし、その現実は変わらない。

同じきょうだい児のみなさんに、前を向いて明るく生きよう!なんて、言えるわけない。
「がんばれ」が一番辛いこと、私は知ってる。

どんな風にきょうだい児としてのことを捉えるかはそれぞれだし、私だって受け止めて前を向けているかは分からない。

それでもこれからも生きていかなきゃいけない。

それなら、何か、伝えたいな。


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