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Dṛṣṭiとくいしばり

本来なら環境や気持ちに左右されずにpracticeを続けるべきなのだけれど、ここしばらく朝起きられない日が続いていた。
目は覚めるが、頭が上がらない。

最初は仕事のストレス。
どうしようか考えていると、家族の病気で正社員強制終了。
週1回の仕事と実家の往復が始まった。
それに伴い体重が激増。
心なしか右肩の可動域低下と腰の硬さが気になる。

週に3回できればいい方、しかもfull primaryまで行かず。
7月最初の週はSūrya namaskāraぐらいしかしていなかった。

さすがに…、と思っていたところに友人からの連絡。
友人はコツコツと続けてきた尊敬する先達でもある。
見習おう!と気持ちを新たにし、practiceを再開。
実家の地域には先生がおらず、習いにも行けない。
今までの学びの中で一人でするしかない。

最初は、fundamental āsanaまででクラクラしていた。
Finishing sequenceも、Ūrdhva Padmāsanaでバランスが取れず、Piṇḍāsanaでは背中から転がる。
真夏で体力低下しているとはいえ、ここまで落ちているとは…

ショックはあれども、やるしかない。
数日おきに少しずつ進めていく。
そうして、やっとhalf primaryまでできるようになった。
とはいえ、Nāvāsanaではまだ足が落ちてくる。
最初にnāvāsanaを貰った時も、5回できるようになるのに半年以上かかったし、足を浮かせたままにはできないままだった。
それでも、ここまでは戻ってきている。

そして、ひとりでしていると、時々(あれ?本当にこうだったっけ?)と不安になる時がある。Countと動きだったり、意識を向ける部分だったり。
そのひとつがdṛṣṭi。何気なくsequenceを続けていると、意識が彷徨い始める。と同時に視線も落ち着かなくなる。
また、Dṛṣṭiが出来ていないと周りの情報が入ってきて考え事がはじまる。

考え事をしている時、だいたいポジティブな内容ではない。
(ああ、あれしないと…)
(あのことどうしたらいいだろう)
(どうしてこうなったんだろう)
こんな時は、上半身、特に顎から肩まわりに力が入る。
Caturaṅga Daṇḍāsanaでも肩が竦んで腹に力が入らない。
気が付くと、顎の両サイドがすごく疲れる。
歯を食いしばっている。
集中できていないサイン。

因みに、自分は目を閉じてしまっていることもある。
特にadho Mukha Śvānāsana。
Sittingに入っても時々。
自分の身体の状態をよく感じられるのだけれど、ashtanga yogaにおいては勧められない。
目を開けて視点を定めることもpracticeのひとつ。

これは聞いたことでうろ覚えなのだけれど、目を閉じるというのは感覚のかなり大きい部分をシャットアウトするという事。視覚というのは五感のなかでも比重が大きく、入力情報の半分以上を占めることも。
遮断してしまうと自分の内に集中できるので、時に気持ちはいい。しかし、遮断した状態”だけ”でできるのと、目を開けてdṛṣṭiを定めることができるのでは、どちらが集中できているか。

体力も筋力も落ちていて、āsanaの数をまだ多くはこなせないのだけれど、大切なことを再確認するタイミングでもあるのだろう。
Excersiceで終わらせない、yoga practiceを行っているという意識をもって。

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