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冬のひまわり🌻(第11話)


キー。バタン。

「こちらです」
看護師が促す。
薄暗い部屋へと通された福田は、もう動かぬ母の姿に愕然としていた。頬を触っても、もう温かみは無くなっていた。

「お袋。。。どうして」

涙は出なかった。まだこの時は急なことで驚きの方が勝っていたのかもしれない。

側から見たら福田の顔は真っ青だったに違いない。血という血が身体から抜け出てしまったような気さえしていた。

どれくらいそうしていたのか?

看護師から声を掛けられて福田はハゥとした。

「先生から説明がありますのでこちらへ」

看護師の後ろを歩いていても、何故自分が今ここにいるのかわからないくらいに、困惑していた。

広い部屋へと通された福田は年配の医者が入ってくるのを虚な目で見ていた。

「福田さんの息子さんですね?私、医師の山田です。」


・・・。・・・。・・・。

話はただ聞いているようで聞こえてなくて、ただ、医者の声だけが耳元を過ぎていくようで、頭の理解力はないに等しかった。
ただ、理解力はないが、お袋の死因はくも膜下だということだけは理解していた。

(くも膜下。話には聞いていたが、こんなにあっけなく人って死ぬんだ?まさか、お袋がくも膜下で死ぬなんて。俺、なんも親孝行してないよ。もっとあちこち連れて行けば良かった。一緒に住んでたらどうだったかな?もし、奥さんや子供がいたら。。。)

考えても考えても、福田にはもうこの世に唯一の身内である母親が居ない事が受け入れられなかった。

急ということもあるだろうが、人の死というものは目の当たりにしても受け入れるには時間を要するものだと思う。
医者の説明が終わり部屋を出ると、お袋の同僚の谷敷さんが待っていてくれた。

「息子さん。この度はご愁傷様でした。」
頭を下げる谷敷に今まで待っていてくれた優しさにハッとして福田が答える。

「あ!いえ、こんな時間までいらっしゃって頂き申し訳ありません」と、頭を下げた。

窓の外を見るとどっぷりと日が暮れていた。福田のいる街と比べて建物が少ないこの辺は夜ともなるととても暗く感じる。そして、静かだ。

谷敷が気遣いながら口を開いた。

「身支度もあるでしょうから一回お家に帰られます?送っていきますよ。」

「いやいやいや。とんでもないです。これ以上甘える訳にはいきません。歩いてもそんなにかからないですし。」
と、恐縮しながら福田は答えた。

「いえ、私のことは気になさらないで。お母さんにはとても良くして頂いていたの。そのお礼もあるから。どうか気にしないで」

1人になる心細さもあったのか?福田はその優しさに甘えて家まで送ってもらうことにした。

歩くと15分くらいあるが、車だと5分程度で実家に着いた。この家もどうするかな?と、朧げに考えながら谷敷を促し家へと入った。
福田の実家は古ぼけた家だが、昔の家特有のしっかりした造りで、もうかれこれ築70年は経つ。

玄関を開けると、ぷ〜んと煮物の匂いがしてきた。母親本人もまさか、今日自分が死ぬとは思わずに煮物を作っていたらしい。
それが余計に物悲しくさせる。

ふと、涙が頬を伝わってきて、それがどんどん溢れてとめどない涙に変わって行った。

う。う。う。あ〜。

実家に帰ってきて、母親の居ない事に漸く気づいた福田はもう心が崩壊したかのように泣き出した。
谷敷さんがいるのも忘れ、わーわー堰を切ったかのように泣き出したのだ。そう、声が枯れるほどに。

どれほどの時間泣いていたのだろうか?
傍には谷敷さんが座って背中をポンポンと叩いてくれていた。もう、血を分けた肉親がこの世に誰1人として居ない寂しさ。福田は一人っ子だった。両親はずっと共働きで鍵っ子だったから、1人で居るのには慣れていたが、唯一の身内である母親すらこの世にいなくなるというのは考えたことすら無かった。

人はいつか死ぬ。ただ身近にいる人の死というものには考えが及ばないものだ。

「取り乱してすみません」
漸く泣き止んだ福田はポツリと言った。

「大丈夫?私は良いのよ。気にしないで。母親の代わりだと思って
なんでも言って。」
谷敷は優しい微笑みを浮かべていた。


つづく。

連載が滞り申し訳ありません。徐々に更新をしたいと思っております。宜しくお願いします。

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