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人間社会で生きるには、運とセンスがいる

この記事を読む前に、前回書いた記事を読んでもらえると話がよく通じると思いますが、別に読まなくてもいけます。


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求職活動に疲れた。

ハローワークや求人アプリから、何社も応募して、何社も落ちた。面接までも辿り着かないこともあった。段々と心が廃れていって、これが最後だと賭けた求人に落ちて、途中だった応募も辞退した。もう心が折れた。

応募したのはたったの5社。

私は、「ここでこれくらい働けたら、これくらい稼ぐことができて、こういうお金の使い方が出来て、こういう生活に近づける!」みたいなことをいちいち考えてしまう癖がある。その度、期待して落とされて辛くなる。分かっているのに、毎回同じパターン。焦りすぎたし、変なプライドもあるんだろうな。だからたった5社でこんなにも疲弊してしまった。

求職活動は一旦休み。少なくとも今月中はもうそんな気分にはなれない。(五月時点)


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五月に入ってから一週間くらい、ずっと死にたかった。私は、もし死ぬなら全部自分で片付けてから死にたい派なので、ずっと「何から片付けて、どれをどうやって処分して、どうやって死のうかな。」と考えていた。前回あんなに前向きだったのはどこにいったのだろうと呆れて笑ってしまう程だった。実際は笑うことすら出来なかったけど。


そんな状態からはなんとか抜け出したものの、活動力が満ち満ちになった訳ではなかった。お風呂には三日に一回くらいのペースでしか入れなかった。号泣してから寝る日もあった。好きなラジオ番組を聴いても涙が出てきて、「来週のラジオ聴くために生きよう、くらいでいいんですよ。」といつかパーソナリティは言っていたけど、死にたい気持ちは消えなかった。

とりあえず、(風呂には入って)予約していた整体院と通院している心療内科には重たい足取りで行った。主治医には、「多少傷付けたとしても、親には言いたいことは遠慮せずに言えばいいんだよ。」と言われたが、さすがに死にたいとは言えない。

そこからまたボーッとした数日を過ごし、ある一日だけ、朝から『なんだか今日は活動できそうだぞ感』を感じて、メルカリの商品発送のためにコンビニに寄ってから、近くの公園を散歩した。

フィルムカメラを持って行った。
「死にたい」とは毎日ぼんやりと思っているのに、「この花可愛いな〜」とか「鳥がいる!猫がいる!撮る!」とか写したいものばかりで、なんだか自分の感情がよくわからなかった。最近は、しんどい日としんどくない日の落差を軽減するために、基準となるテンションを低めに設定していたけれど、波があるとやはり苦しい。ついていけない。追いつかない。


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そんな何も無い日々の中で、なんの流れでかは忘れたけど、BE:FIRSTのオーディション全編をYouTubeでざっと観た。SKY-HIさんのこと舐めてました、すみません。言葉一つ一つが的確で、脱落したメンバーへのフォローも温かくて、こんなに素晴らしい教育者(であり現役アーティスト)がいるのかと感心していた。そしてそれと同時に、必死に頑張るメンバーたちを見ていて、努力が継続できないでお馴染みの私が唯一努力できたかもしれなかったのは、やっぱりダンスだったなと改めて思った。

私は高校でダンス部に所属していた。弱小ダンス部だったけど、なにより踊るのが楽しかった。大会の選抜に入るために、前のポジションで踊るために、辛い努力や練習には耐えられた。たくさん汗を流した。その分達成感や舞台で踊る楽しさも知っていた。高校卒業数ヶ月前、部活を引退して受験も終わって少ししんどくなりかけた私の、これまでの学校生活を支えてくれていたのは間違いなくダンスだったと気付いた。

もっと前からダンスを習っておけばよかったとか、コロナ禍とはいえ大学でとりあえずでもダンス部に入ればよかったのかもしれないとか、たくさん後悔をした。就職活動を失敗した私の今は、しっかりとダンスを続けていれば何か違ったかもしれない。一度、USJのパレードダンサーになりたいと夢見たことがあるくらいだから。今でも、「もう一度きちんと基礎から習い直したい」「また舞台で踊る楽しさを体感したい」と思っている。

だから、前回書いた『これからやりたいこと』に、ダンスを追加したい。今からはもうプロのダンサーになることは難しいし、なりたいわけでもないけれど、スクールに通って、技術を身に付けて、何かしらの舞台に立てることができたらいいなと思う。


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......なんだか少し熱くなってしまった。

「ダンスを習いたい」と思っても、必要なのはお金で、そのためには働かなくちゃいけなくて、でも私は今、そのだいぶ手前で停止している。

突然しんどさ(漠然とした焦燥感や喪失感)が襲ってくるときがあるけれど、自分でもそれがいつなのかわからない。ただ夜になると必ず苦しくなる。毎日薬を飲んでいるけれど、本当は不安で不安で堪らない。生きたいのか死にたいのかもよく分からないけれど、夜寝たら朝が来ちゃうし、息してるからとりあえず生きてる。


散歩に行った翌日の朝、ふと考えていた。

『この人間社会には、運とセンスがいる。生まれ持った性格やこれまでの経験や環境から構築された私は、精神疾患を患っていなくても、この世で生きるセンスは持ち合わせていなかった。だから、生きる選択をするならば、藻掻かずに諦めるしかない。その中で何か趣味や楽しみを見つけて、それだけのために生きるしかない。仕方がない。』と自分の中で結論が出た。


どうなるかはわからない。

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