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♯08 モラハラ夫との関係にテコ入れ。不妊治療を8年でやめた「そねちゃん」の話

モラハラ状態に気づけなかった
妊活の日々


そんな二人が、そろそろ子どもを……となったのは「家を買った」ことがきっかけだという。それまで住んでいた、賃貸マンションの更新料がもったいないねという事になり、中古マンションを購入し、フルリノベーションで理想のマイホームを手に入れたのだそう。これは、取材後の雑談で後から聞いたのだが、実はそねちゃんは若い頃から持病があり、そのために間取りなど、少し工夫が必要だった。それを叶えるためのリノベーションだった、ということだ。

「家を買ったら、仕事も頑張らないといけないし、彼も落ち着くかなぁ〜、なんてのも期待してね。で、マイホームに引っ越した頃、そろそろ子ども考えようかって。」

「それは、どちらから?」

「私から。そう、私、自分から言っちゃう。」

だんだん、そねちゃんの性格がわかってきた。

「30歳くらいだったかな。旦那さんは、いきなりクリニックとか行かなくてもいいのにって感じだったんだけど、私はね、妊活しようって決めて、最初からすぐクリニックに行ったんだよね。」

ここでも、効率重視のそねちゃん、ということか。

「でもね、当時の不妊治療の病院って今ほどシステマチックじゃなくてね、
 待ち時間も2.3時間は当たり前って感じ。いつ呼ばれるかもわからない。
 スマホとかもまだない頃だったし、それがすごくキツくて……。」

確かに、15年以上前だと、今の便利さとは随分違うはずだ。
今なら、誰もがスマホを持っているだろうし、WEB予約システムが整っている医院も多い。待合室に人が溢れかえって、所狭しと暗い表情の女性たちが座り込んでいるあの光景はもうないのかもしれない。なんとも言えない、あの重苦しく澱んだ空気の中で、2.3時間座り続けるのは苦痛でしかない。

「ここでは、タイミング指導と人工授精まで行ったんだけどダメで。この頃、旦那さんも仕事でストレスマックスで、精子の数も少ないって言われてたの。」

「二人の関係は? 落ち着いていたの?」

「そうだね、基本的に旦那さんは協力的ではあったけど、あんまり不妊治療に関しても、深くは考えてはいないって感じだったかな。文句も言わないし、言った通りに協力もしてくれるけど、まあ、積極的ではなく言われた通りにって感じ。二人の仲もギクシャクとかはしてなかったけど、タイミングに合わせてするってだけにはなってたと思う。」

どこの不妊治療夫婦も、ここは同じ感じの印象だ。

「でも、なんか今思うとモラハラな感じはずっとあったなぁって思う。言葉がすごくキツかった。」

「えっ。そうなの!? 反省したんじゃなかったの? どんな事を言われてたの?」

「事あるごとに、ずっと “馬鹿だ、馬鹿だ”って言われ続けてた。あと外出先で、私の些細なミスにキレて大きな声出されたりとかもあったかな。小さな忘れ物とか、予約が取れてなかったとか、そんなことにも舌打ちされたり、ものすごく不機嫌になってその日の予定が変更になったり。そんなことが日常だった。本人はあまり気づいてない感じだったけど。でもね、自分もその頃、専門学校に通ってて、生活が必死だったってこともあって、モラハラ的な事を受けてるってこと自体、よくわからずに毎日過ごしてた気がする。」

それが日常だと、ストレスを受けていることに慣れてしまって気づけないということがある。少しだけ、自分にも思い当たることがあり「よくわからず過ごしていた」というそねちゃんの様子も想像がついた。

「学校を卒業して手に職をつけたら、アルバイトだったんだけど時給がものすごく良くなって。フルタイムでめっちゃ働いて、稼いで。その分どんどんローンの繰り上げ返済をしていってね。それが、なんかおもしろくって。毎回自分で返済していくのに喜びを感じてた。でも、ちょっと忙しすぎちゃって体調崩して辞めちゃったの。元々もってる持病が悪化しちゃってね……」

それ以降は、在宅で無理なくできる仕事に変更し、旦那さんの扶養の範囲内になるように稼ぎは抑えている。


努力が報われない世界


「待ち時間が辛かった1件目はすぐに転院して、2件目のクリニックで、タイミング、人工授精、体外受精と全部やったの。たくさん薬を使うタイプのクリニックで、注射で卵巣を刺激をして、一度に良い状態の卵子がたくさん採れた。なのになかなか着床まで行けなくて。おまけに卵巣が腫れちゃったりして……。」

体外受精の際、採卵する卵子の数を増やす目的などで排卵誘発剤を使うことが多々ある。が、クリニックによっては、これらの薬を使うことをよくないとする説もあり,注射で卵巣を刺激することなく、自然な状態で1つの卵を採卵する方法を推奨する所もある。どのような方針のクリニックを選ぶかも,本人次第なのだけど,私たち素人には一体何がベストなのか正直なところわからない。

誘発剤の刺激によって過剰に卵巣が腫れてしまう「卵巣刺激症候群(OHSS)」というものがある。刺激でたくさん卵が採れるのは嬉しいのだが、卵巣が腫れてしまうと落ち着くまで1周期分、あるいはそれ以上、卵巣を休ませる必要があったりする。これを経験すると、体に無理をさせているのだなということを嫌でも実感することになる。(かく言う私もOHSS経験者。)

そねちゃんは,体外受精をスタートして早い段階で一度着床をした。が、心音が確認できる前に初期の流産を経験。その時も、二人で温泉旅に出かけ気持ちをリセットしたという。

「自分の体が良くない状態だなと思って、薬をたくさん使うことに疑問を持ち始めて……。あと、そのクリニックがすごく流れ作業的な印象があったのも気になって、自然な採卵を勧めている医院を探し始めたの。」

3件目のクリニックは、自然系のクリニックを選んだ。一度に一つしか採卵しない方法だが、いつも良い卵子が採卵でき、受精も良好。受精卵を子宮に戻すまでいつも順調に進むのに、やはり「着床」しない。その頃は旦那さんの精子の数も順調だった。受精卵の殻が硬いことが原因か?という説明もあったが、もう何をしたら着床するのか、わからない。努力しても報われない世界がある事を初めて知った。

勉強だってスポーツだって、努力すれば、練習すればそれなりに結果がついてくる。でも、もう何をがんばればいいのか、何を信じたらいいのか、そねちゃんはわからなくなっていた。


もう家に帰りたくない。


珍しく一人で遠方の実家に帰った。
夫と離れ、懐かしい自分の部屋で一人眠りについたそねちゃんは
「あの家に戻りたくない」と強く思ってしまったのだそうだ。

「でも、母からは早く戻りなさいって言われて……。」

しばらく日常から離れたことで、日頃受けていたストレスに気がつくことができたということだろう。

「私その時、やっぱり彼の言葉に耐えられなくなってたんだってことがわかって。次言ったら離婚だって思ったの。だから具体的にそのワードをメモしてね。」

一人になり気持ちを整理したら、不妊治療の報われなさと、旦那さんの言葉の暴力に、自分が固く縮こまっている事を自覚した。それまでは、夫の不在時に延々と幼なじみと長電話をして吐き出していたつもりだったが……これはどうにかしないと、と思い立った。

でももうこの頃には、自分では本人にそのことを言えない状態になっていたという。言うとその分またキツイ言葉が返ってくるのが目に見えた。

「ずっと実家にいるわけにも行かず、家に戻ったんだけど、悩みを聞いてくれていた幼なじみが、家に泊まりに来てくれてね。その子と夫と二人だけで話をして、私の思いを伝えてもらったの。あなたが思っている以上に彼女は傷ついて苦しんでいる。辛いと思っているのはこの言葉とこの言葉と……って全て“具体的”にね。それをやめてあげて欲しいとはっきりと言ってもらった。」

「次言ったら離婚だって話は彼にはしてないのだけど、その日以来、言わなくなったの。本当に。第三者に具体的に話してもらったこと、あれは良かったのかもしれない。」

その後、二人はまた旅行に出かけ、仲良くなって帰ってきたのだそうだ。

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