なぜ『鬼滅の刃』が今、こんなに流行しているのか?! なぜ30~40代の女性に刺っているのか?! スピリチュアル・カウンセラーの視点で読み解きます!①
『鬼滅の刃』
~次の時代は「エンパス」がヒーローになる!~
※私くし「たつ之あい」が、スピリチュアル・カウンセラーとして誠に勝手ながら独自の視点でお話ししてます。「そ~んな見かたもあるもんだ」くらいのお気持ちで読んでいただけると幸いです。
そして、このアニメを読み解くに当たり
アマゾンプライムと
huluの
アニメ『鬼滅の刃』を参考にいたしました。どちらも素晴らしい内容とサービスですので是非お試しください♪
さて、このアニメを知ったのはワイドショーでした。
今、この時期の「少年ジャンプ」にはなかなか接点がなく(昔はよく読んでたんですけどね)なんだかんだ忙しくしていましたので、この漫画の存在すら知りませんでした。(汗)
しかし、たまたま観たTVで「今、破竹の勢いでこのアニメがすごい!特に30代、40代女性にすごい人気で、その人気の理由を探る!」…みたいな特集が組まれていました。
その世代の女性は、私ももちろん入りますし、私のカウンセリングにおいてもコアターゲット層ですので「ふんふん」とそのワイドショーを何気なく見ていました。
…が、しかし!!
そのTVの内容だけでは、ど~してもそんなにドハマリする理由がわからなかったのです。その発行部数の推移も放送されていましたが、異常なまでの伸びで、それはアニメ開始からで、どうやら声優陣が豪華だからだ…というような事も言われていました。
しかし、しかし!
こういった現象には必ずスピリチュアルな要素があります。この流行り方には、これからの何かを予見しているものがあるからこそ、こんなにも爆売れしたりします。
そこで!
この『鬼滅の刃』には一体何が描かれているのかを見ていきました。
そうしたら、なんと!!
このアニメには、これからの時代「何が求められていくのか」が描かれているように思えてなりませんでした。
それは、「これからは心の時代になる!」と豪語してやまない私の思いと同じで、でも決して「全方位にまるく収まるいいことだけとも限らない…」ところもあります。
その辺りをお伝えできればと思っております。
【「エンパス」って何?】
突然「エンパス」がヒーローになる!と言われて、「エンパスってなに?」と思われた方もたくさんいらっしゃるかと思います。
ですの、ちょっと「エンパス」についてお話していきたいと思います。
今まで「エンパス」とは、スピリチュアルな能力の「カテゴリー別」について説明するときに使っていたので、世の中にこんなにエンパスの方が多いとか、一般の人に向けた本まであるとは知りませんでした。
それはHSP(highly sensitive person)とも言われ、今関係図書が話題です。
こちらはとても読みやすかったです。
エンパスについてこちらは有名な本かと思います。
さて、エンパスとは大まかにいえば「共感力が高い人」のことを指します。例えば、人の身体的な痛みを自分の痛みとして取り込んだり、人の感情を自分の感情として取り込んでしまいます。
ですので、身に覚えがないのにな~んか身体が痛いとか、なぜだか知らないけど怒ったりとか、そばにいた人の影響をもろに受けてしまう人です。
心当たりがある人もいるのではないでしょうか?
そして、HSP(敏感過ぎる人)とは、エンパスの人よりもさらに周りの環境にも敏感で、周りの音やにおい、見えるものにまで敏感に反応してしまい、日常生活に支障をきたしやすいそうです。(だから、生きづらい!)
でも、悪いことばかりではなく、丁寧に説明されなくても1を聞いて10を知れる能力があり、独学でなんでもできてしまう人や、スピリットの存在とシンクロできたり、ハイヤーセルフとか守護霊さんなんかと近い性質の人がいて、他人の魂の成長を促せるような人もいます。そして、まずまず人の痛みにも喜びにも共感できますので、優しくって、いい人が多い!(笑)
こうした人たちを「エンパス」といいます。
(スピリチュアルなレッスンにおいて、エンパスの能力で解かったことを明確にする鍛錬をしていき、人の役に立てるようなテクニック、メンタリティを指導していきます)
さて、今回『鬼滅の刃』の主人公「竈門炭治郎(かまどたんじろう」は、「鼻が利く」という特徴を持ち、心が優しく、家族思いであると描かれています。(その炭治郎の優しさが、女性ファンの心を掴んでいる…というは当然あると思いますが、もっとコアな理由もありますので、また後ほど)
また、私が思ったこのアニメの特徴のもう一つは、「炭治郎」の心の描写や、その移り変わりをずっと「心の声」としてしゃべっているところです!「そこまで説明、必要?!」と思うくらいです。(笑)
でも、この描写が実は重要なポイントで、「エンパス」の人の特徴は、こうした心の移り変わりに敏感で、哲学的であり、深く物事を洞察する傾向があります。そうして、微妙な心や、環境、状況の移り変わりを捉えているからこそ、実際のコミュケーションの場では言葉が発しにくくなったり、じーっと内的なことを捉えている領域が大きいので、実際の行動への調整がしにくい…などあると思います。(「先の約束はしたくない」という人は、そういう人かと思います)
その彼の特徴でもある「エンパス」とういう人を丁寧に描いているな~と思いました。要はごちゃごちゃ考えているんです。(でも丁寧にいろんなことを思ってるんですよ)
でも、ここがまたハマりポイントでもあり、もしかしたら炭治郎のように「自分の心の声を丁寧に追うクセがついた!」という人もいるかもしれません。また「炭治郎のようにずっと考えてた!」と共感する人もいるかもしれません。
とした時、今までのヒーロー像と明らかに違う点とは「エンパス」という人が主人公であり、またそうした人がヒーローとして活躍していく「ヒーロー史上最高に心優しい」ニュータイプが誕生したのではないかと思います。
今までは敵に情けをかける人は、ヒーローには「なれなかった」と思います。乱暴な言い方ですが「ヒーローとは、どう敵を倒すか?」が命題だっかたと思います。その常識を覆し、敵である「鬼」の気持ちまで思いを馳せ、痛かろうに…と同情してしまう炭治郎が描かれています。
そこにこのアニメのまた大きなポイントがあり、「エンパス」という人がどんな人なのかが描かれてると思います。だから「エンパス」の人は、生きづらく、また敵を倒すことが命題のヒーローには不向きな存在なのです。
しかし、このアニメが流行った(流行ることができた)のは「これからの時代は、人の心の痛みに敏感でなければ、ヒーロー(達成者)にはなれない」そんな時代が、もうそこまでやってきているというサインだと思いました。
そして、それは「全方位にまるく収まるいいことだけとも限らない」と先に触れましたが、それは同時に問われることがあるからなのです。
それは「その痛みは自分の痛みではなく他人の痛みである」ということです。これもまた後で触れていきたいと思います。
さて、こうした「物語」とは、現実生活においてのメタファー(隠喩)であることがほとんどです。炭治郎の修行生活を、学生生活や社会人生活を生きる自分に見立てる人もいるかもしれません。
では、「鬼」としてでてくるキャラクターとは一体どんなメタファーなのでしょうか?
【「鬼」のメタファー】
このアニメのもう一つのポイントは、悪者がま~残酷で、また絵柄の描写も結構エグイところかと思います。
エグイいホラーって、若いと好きですよね。私も若い時は、ホラー漫画ばっか読んでいましたもん。よりグロイ感じの(笑)(でも、そうして自分の中の残酷さを昇華していたような気が…)
そこで重要なキャラクターとなる「鬼」の数々。主人公が「エンパス」ですので、その真逆の存在であり、では一体どんなメタファーで「鬼」を象徴しているのでしょうか?
「鬼」とは「他人の痛みにまったく鈍感で、平気で自分の利益のために(人を喰らいたいで)人を傷つける存在」です。
では、現実生活ではどのような人なのかといえば「パワハラ」「セクハラ」「モラハラ」…などのハラスメントをしてくる人たちの隠喩ではないかと思っています。
そして、そこに超敏感に感じやすい人がいたら、ま~学生生活や社会人生活など送れるはずもありません。吸ってしまった悪意によっては、死にそうに苦しくなるかもしれません。とした時、その奪う者、奪われる者の攻防戦が繰り広げられ、戦争や戦いが描写されていく…のが普通のストーリー構成かと思います。
しかし、「鬼」もきっと始めから「鬼」ではなかったんですよね。
このアニメにはそうした「鬼」のチェインストーリというか、裏の物語が同時にちょっと描かれています。そして、視聴者に「なりたくて鬼になった訳ではなかったんだ…」という裏の裏まで共感する気持ちを鍛えさせてくれます。
これは、正義だからいいとか、悪だから悪いとか、優しいだけがいい訳ではないとか、そして厳しいことも時には必要である…などなど、反対の反対を見させられます。それをどう判断するのかはそれぞれかと思いますが、一つの指針が、炭治郎の生き様として描かれていると思います。
【これからの本当の強者とは】
それは本当の「強さ」とは何かを教えてくれようとしているのだと思います。
つまり、本当の強さとは「鬼にさえも共感できる心」のことではないかと思うのです。
「これからは心の時代になる」と言ってきましたが、それは「精神性」が特に重要な時代になるということです。
では、精神性とは何かといえば「相手の心の痛みに「共感」し、今自分にできることは何かと問い、行動できること」だと思うのです。
これからは「痛みに共感できる力」は弱さではなく、「強さ」に代わる時代がもうそこまできているのです。
例えば、それは今医療従者の方たちの痛みに共感し、ちょっとでも役に立てることは何かと考えたり、その痛みを分かつように、自主的に自粛するようなメンタリティー(精神性)ということです。
今この瞬間の自分の喜びをちょっと貯めて、痛みを一緒に分かち合おうとする想いです。
それは、お互い「つらい」ことです。
「でも、今第一線で働かれている人の辛さからすれば、この我慢はどうってことないぞ!」と想う強い気持ちです。
これが「共感」からの、痛みをバネにして次につなげる思いです。
(しかし、今つらい現状の方はそれをただただ我慢しろということではありません。どんな立場であれ、共感の力があれば、今の現状を乗り越える「術がみつかる」ということです。
今まで我慢ばっかりの人は、「人に伝えてみよう」と思う気持ちがわくかもしれません。今まで甘えられなかった人は、「甘えてみよう」と思えるきっかけをくれたのかもしれません。「辛いのは自分だけではない…」と少し思えただけで、そのような術が「はっ!」と見つかります)
今まさに、時代は狭間を迎えています。もう、シフトしてしまったかもしれません。
それでも、やっぱり私は「まだ乗り越える方法はきっとあるはずだ!」と思ってやみません。
その想いが、こうして「書きたい気持ち」を支えています。
本当の強さとは何か?その意味を知るために、これからは「エンパス」の能力が必要な時代に突入し、しかしそれを鍛えることは充分可能であり、それには「他人の痛み」に敏感になって欲しいということです。
それは、「あなたの痛み」ではなく、「他人(側)の痛み」です。
しかし、それにはまず「自分はあの日、あの時、痛かったのだ」と気がつけた先にしか存在できません。
そして、その気持ちを自分が感じたのであれば、他の人も「これは痛いだろうな」「つらいだろうな」と思うことがやっとできるのです。
自分の痛みに鈍感な人は、人を平気で傷つけます。でも、自分の痛みに気づけても、その痛みに敏感すぎて、「痛いよう、痛いよう」だけだと先に進めなくなります。その場所にとどまってしまいます。それが自己憐憫とか、被害者意識などと呼ばれるものです。問われるところとは、この部分になります。
その先の「痛かったね」「つらかったね」と自分の痛みに声をかけつづける胆力(たんりょく)が、他人の痛みにも声をかけることがやっとできるようになります。
(これがいわゆる「コンパッション」(共感する力)です。そして、次の時代ここまで求められてきます)
今までの人生での痛みはたくさんありますから、やり続けるには忍耐力も必要です。
そして、一番皆さんから遠い「鬼」にさえ共感できた人が、本当の強者になる時代がやってくるのです。
……次回へつづく
さて次回は…!
なぜ『鬼滅の刃』が今、こんなに流行しているのか?!
なぜ30~40代の女性に刺っているのか?!
スピリチュアル・カウンセラーの視点で読み解きます!②
【エンパスの人が陥るポイント】
【許せないものを許さない強さを身につけるには】
【禰豆子のメタファー~自分の正義が他人の正義でない時に~】
【自分を傷つける本当のもの】
是非、お楽しみに~!では次回まで、オヴォワ♪
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