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「きちんと」の呪い



家を出たら呪いは解けるものかと思っていましたが、呪いって射程距離があるわけじゃなさそうです。


むか〜しむかしのお話です。


都会から遠く離れた僻地に、僻地といいますが、田舎の中ではまあ…都会風……なところに"王様"は家族と暮らしていました。


ダイソーはあるけどキャンドゥはない、ドンキはなくて松屋はある、でも全部車じゃないと行くのは厳しい、くらいの立地です。


そんな、田舎だけど住みやすい街ランキングでたまに名前が出るくらいの街で"お姫様"は長女として生まれました。
大切に大切に、お城の中で育てられるのでしょう。




"王様"は国政で忙しく、子育てをする暇はなかったので、"王妃"に全てを任せていました。


全てを任せている、というのは、子供が悪いことをしたらすべて躾ができていない"王妃様"のせいということです。


"王妃様"は専業主婦だったので、全て「できなければ」なりませんでした。


25歳の"王妃様"は、知らない土地で育児をしながら、同居している"王様"の父母とも関係を保ち、時には介護もしながら、家事もしなければならなかったので大変だったと思います。


もちろん「きちんとした」家なので、法事等のイベントもとても厳しいです。



"お姫様"はよく怒られていました。

でも、なぜ怒られていたのかわかっていなかったので、自分のなにがダメだったのかはあんまり覚えていません。




でも、「女の子なんだから」「きちんと」という言葉は脳内でぐるぐるしていました。

"お姫様"は万年反抗期のような性格だったため、性別がなんやねんと思っていましたが、毎日聴いていると、この2つの言葉に段々と縛られていきました。



靴が揃ってないと、ぐーぱんちが飛んできました。なんでか忘れたけど、味噌汁も飛んできました。
夕食の時に怒られることが多かった気がします。

不服な顔をすると、なんだその顔は!とげんこつが飛んできました。



車の中だってぐーぱんちは飛んできます。

後部座席にゆったり座ると、運転席から腕がめりこんできたとき痛いので、少しでも負担を軽減させるために運転席の後ろに小さく縮こまるのが、痛みを減らすひけつです。

頭が痒くて、日光過敏症で肌がピリピリして、おねしょのような量の汗が出て布団をびしょびしょにして、喘息で咳が止まらなくて、怒られました。


後からストレス起因だったとわかりましたが。

どうやら、人の食事や睡眠の邪魔を咳でしてしまうのは良くないことのようなのです。




怒られて、泣くのもダメなことでした。うるさいのは悪いことです。

そんなときは、むかし"王妃様"が作ってくれたタオルをかかえて、しくしく自分の部屋で隠れて泣きました。

"王様"と"王妃様"はよく喧嘩をしました。
酷いことを言うし、手も出るし、足も出てました。


泣いている"王妃様"を見て、りこんすればいいのに、と"お姫様"はいつも思っていました。


喧嘩の時は、ぼけーっとしながら、りこんしたらどっちについていこう、とメリットとデメリットを比べていました。


でも、本によると「せーりゃくけっこん」は家同士の結婚だからそういうのは難しいみたいです。




2人の思う「きちんとした」子供は、親の言うことをちゃんと聞く、物分かりのいい子のようでした。

"お姫様"は言うことの聞けない悪い子だったので、"お姫様"の考える良い子は空想でしかありませんが。



「人に迷惑をかけない」ことが美徳で、「世間に恥ずかしくないように生きる」ことが人生の課題でした。




インドでは、
「あなたは人に迷惑をかけて生きているのだから、人のことも許してあげなさい」

と教えるそうです。

頑張ってもできないことがたくさんある"お姫様"はTVのインドの特集でこの言葉を聞いて羨ましいと思いました。


"お姫様"は高校生になりました。


周りの友達に影響されて、キモヲタクになります。中学の時からニコ動に浸かっていたので、元々その片鱗はありました。



アニメは家族全員が大嫌いでした。

ヲタクっぽいのは全部キモいらしいです。
家で、ヲタクは弾圧されるので、アニメを見ることはできませんでした。


その頃、"お姫様"は網膜剥離になりました。
瞳の色はグレーになり、濁っていました。

弱冠16歳の少女でした。

この病気は、約9000人に1人とされていて、こんなの、60歳のおじいちゃんがなる病気だよ、と病院の先生は言いました。放置すると失明してしまう、大変な病気です。

"お姫様"は、視力と引き換えに、現実を見ることを辞めたかったのかもしれません。



それから、"お姫様"は、まともな人間でいるために
矢澤にこちゃんのフィギュアをハァハァ言って集める一面はひた隠しにして、「かわいいJKのコスプレ」が上手い女の子になりました。


「かわいいJKのコスプレ」は、みんながちやほやしてくれて、"お姫様"の処世術になりました。



学校生活はというと、大好きな趣味ができたのと、自称進学校の受験のためだけの勉強がつまらなかったのもあり、どんどん成績は下がりました。

学年で上から20番以内で入学して、気づいたら下から2番目でした。250人中です。



"王妃様"は発狂していました。

三者面談の後、車でそのまま連れていかれて、信号のない街中(田舎なので誰もいませんでした)を120kmでブッ放されて死を覚悟しました。



「きちんと」した人は学校のお勉強はできなくてはいけなかったみたいです。
そういえば、従兄弟たちは皆勉強がよくできました。



"お姫様"は落ちこぼれになりました。



無償の愛なんて嘘で、勉強できない"お姫様"に価値はないことに気づいてしまいました。



"お姫様"は成長して大学生になりました。


高校の時は、センター試験の四択で一体私の何が分かるんだ、と尖って勉強しなかったので、そんなに勉強しなくても入れる、でもふんわりして余裕を持って育てられた人の多い「女の子の花嫁修行」のような"王妃様"の母校の大学に行きました。


センター試験は人格を図るテストではなく知識の習得レベルによって大学への合格が決まるテストでしたが、そんなに賢くなかったのと、爆裂反抗期だったので、それは分からなかったようです。

まあ女の子なので良しとしましょう。




大学生になって、初めての彼氏もできましたが、「彼氏は経済学部の男にしろ」と言われました。

"王様"の跡を継ぐかもしれないからです。

何も起こらないまま1ヶ月で別れてしまったので良かったですが、名前、学年、学部を言う自己紹介をするだけで彼氏候補が1/10くらいになる、そんなアホみたいな条件を突きつけられてどうしよう、と思いました。



そんなこんなで"お姫様"は大学4年生になりました。
大学は高校と違って、好きな専門科目を勉強し、好きな教授のもとで学べたので、勉強が大好きだったことを思い出しました。


でもそんな大学も終わりです。就職先を探さないといけません。


周りの"お姫様"たちは自由でした。


彼氏が養ってくれるからそのまま結婚して専業主婦になる子も、その子たちの"王様"の関連会社にコネ入社する子も、賢い男の子を捕まえてSPIを全部やってもらって後はコミュ力だけで大企業に行く子もいました。


"お姫様"は何者かになりたくて、ちょっと変わった会社に冒険しようとしました。

"王様"の金融業に行け、という言いつけを破って



そしたら失敗しちゃいました。

毎日残業代もなく平均14時間働いて、ミスしたら直接とLINEと置き手紙で激詰めされて、身体がぶっ壊れちゃいました。



「親の言うことを聞かないからだ」と責められました。
"王様"直々に就職先を見つけてやる、そこに行け、とも。



それだって、きっと、"王様"なりの愛なのでしょう。大学生になった"お姫様"はそれがわかるようになりました。


でも、

"お姫様"は自分がやりたいと思ったことは全部頭ごなしに否定されて、今まで一度も応援してもらえたことがないのが悲しくなって、初めて喚き散らしました。


「きちんと」できないのに「きちんと」したい


"お姫様"は海外ドラマの、恋も仕事も絶好調☆バリキャリOLに憧れていました。

でもやってみてわかりました。できなくて、病んじゃいました。

身体が動かなくなっても「きちんと」が頭から離れないのです。


良い高校に入って、良い大学に出て、良い企業に入って、結婚をしたら、幸せは落ちているのでしょうか。


"王様"と"王妃様"は世間一般的には「幸せそう」ですが、外から見たら「幸せそう」というようにしか"お姫様"からは見えませんでした。




きちんと、きちんと、きちんとしなきゃ

きちんとしなきゃ…どうなる?



別にどうもならないし、もう一人暮らしをしている"お姫様"の様子なんて実家にはわかりっこないのですが、無意識のうちに口から出てるようでした。



きちんと、はもう私にはいらない




でも、どうすれば捨てれるんだろう


2022/09/01

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