ミニスカートのすゝめ①
「8月、依頼したいです。」
「今度は外でエロいことしてみよか。」
「短いの着ておいで。」
「舐めるようにみてあげる。」
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曖昧な性癖
私には露出癖がある……かもしれない。
全裸になりたいとは思わないけど、肌色多めの服装で街中を歩くとドキドキする。すれ違い様に男の人の『エロい女だな』という視線に気づくと興奮する。でも、知らない人に見られるのは怖くもあるから、街中を歩く以上のことはしたいと思わない。
自分の性癖に確信が得られませんと依頼した。
「短いの着ておいで。」
その言葉を真にうけて、5年ぶりに短いスカートを買った私は馬鹿かもしれない。
私は、自分に似合う服が好きだ。それが武器になることを知っている。
足を出すのはあまり似合わない。
私はかわいいと思われたい時は、自分の良さを一番引き出すと思う服を着る。二の腕とくびれを出す。普通の人なら引き摺ってしまうような丈のスカートに、ヒールの高いパンプスを合わせる。
でも、今回は違う。
かわいいと思われたい時。
足を出すのが似合わなかったとしても、彼が一番好みそうな服を着たいと思った。
カフェとミニスカート
依頼日がきた。盆は過ぎたのにまだまだ暑い。
夕方だけど薄手のシャツすら欲しいと思わなかった。
淡い色の服だから、汗をかくと目立ちそうだ。
うっすらと汗ばむものの、滴るほどではない暑さに感謝する。
5年ぶりの短いスカートはスースーする。こんなの何も履いてないのと一緒だ。
駅を歩いてると、色んな人に見られている気がした。
待ち合わせ場所を決める時、行きたいホテルに近い駅の出口を提案した。
「もう少し離れたとこでいい?」
前のお客さんの都合だろうか。駅には早めについていたので移動すること自体は問題なかった。
時間に余裕があるので商店街をぶらぶらしながら向かう。途中で、一体その服はどこに売ってるんだ、というファッションをしたアメ村にしかいなさそうな人とすれ違う。はるさんだった。その服が似合うのもすごい。
「なんでここにいるの!?」互いに声が揃う。
彼は関西弁だから、語尾だけズレた。駅以外で会うのは違和感がある。
今日の私はえっちな服を着てきた。そういう服が好きだろうと思って。彼の好きそうな服を着たかった。
出会って二言目は「エッロい服やなぁ。」だった。『ッ』はもう2個くらい入っていたかも。
にやけた顔を見て、本心から出た言葉だとすぐに分かった。
「愛ちゃんがそういう服着るのたまらんね。」
自然と口角が上がる。
予想していた『好きそうな服』が当たったことにちょっと喜ぶ。
少し時間が早いから、カフェに入ろうかと言われて近くの店に入る。
カフェは2階建てだった。
コーヒーが飲めないので、アイスティーを頼む。はるさんも同じ物を頼んだのでアイスティーが2つだ。2人で並んで待つ。
番号が呼ばれた。私が行こうとするよりもはやく飲み物を受け取ってくれる。
1階もまだ席に空きはあったが「2階に行こう。」と言われたので店内奥の階段へ向かう。
暑くて引きこもってばかりいたので、久々のヒールで転けてしまわないようにゆっくりと階段を登る。
その間、後ろからずっと凝視されていた。
今日履いてきたミニスカートは、私の身長だと丈はかなり短くなってしまう。
登り終わったとこで「……お尻見えそうやったで。」と耳元で囁かれる。ぞくぞくした。足から崩れおちて、ドリンクを持ってるはるさんの上に落ちたらどうしてくれるんだ。変態。
1階席の空きには目もくれず2階に行こうとすぐ言われたのはこのためだろうか。1階にいるスタッフの数の方が2階に比べて多いからか。
私は階段を登っているところを見られるだけで緊張して頭がふわふわしてるのに、目の前の見えそうなスカートを前にしてよく頭が回るな、と思う。
「逆にこういう状況の方が脳みそは回転するんやで。」って声が聞こえてきそうだ。
そのまま窓際の右端の席につく。一面が大きな窓になっていて、そこから商店街を行き交う人が見える。
私は右の角に。彼は左隣に横並びに座る。
すぐに店に入ったので私の服をゆっくり見る間はなかったのだろうか。頭のてっぺんから爪先までゆっくり舐め回すように見られた。恥ずかしくて気持ちいい。けど、彼の顔は見れない。
しばらくの間視線を感じていた。
「足開け。」
突然声が降ってくる。隣の人に聞こえないような声量で、そっと。
でもその言葉の端に語気を感じて、脳がビリビリする。
少しだけ足を開く。
「もっと。」「もっとや。」
「もっと開いてみ。」
サイズの合わないぴちぴちのスカートのまま座ると、腰の折れ曲がるところに布を取られてさらに短く見える。
その薄い布から伸びる、座った時に潰れる太ももをじろじろと見られた。
普通に生活していれば絶対に見えない『日焼けしていない太ももの内側』を外で見られるのは、『いけないことをしている』みたいだった。
タイトなミニスカートが広がり切ったところで声が止まる。
窓際の2階席からは、商店街を歩いてる人が見える。彼らが上を向いたらスカートの中が見えてしまいそうな気がする。
恥ずかしくて目線を太ももから正面に移す。一つ空席を挟んで、髪を後ろで1つに束ねているごく普通の女の人が座っているのが見えた。
この場にいる人たちは全員まともで、痴漢なんてしてるのは私たちだけと思ったら、どこに目をやっていいか分からなくて俯くことしかできなかった。まだ触れられてないのに、肩が小刻みに揺れる。
「なぁ…………動いたらバレるやろ。」
動いてない。少なくとも、自分の意思では……。勝手にそうなってるだけだ。
彼と一緒にいること自体にはもう緊張しないけど、この状況に緊張する。間がもたないから、喉が渇いてないのに震える指でアイスティーに手を伸ばす。時は止まっているようなのに、私のアイスティーだけが減っていく。
煙とミニスカート
「こっち来て。」
それは……よく分からなかった。
カフェで、荷物を置いたまま2人で席を立つなんてことあるだろうか。
防犯のために貴重品の入った鞄だけ掴む。
目的地はカフェの中にある喫煙所だった。
『ここから喫煙席』と仕切られているものではなく、煙草を吸うためだけの部屋。だからけっこう狭い。2畳半くらいだろうか。
煙草を吸ったこともないし、吸いたいと思ったこともないので、私の世界に『喫煙所』というものは存在していなかった。
震える足で、喫煙所に行くために机と机の間を通り抜ける。手がおぼつかないせいか、鞄がひっかかりそうになるのに気づいて、彼は振り返って立ち止まる。机の先で待っていてくれている。
喫煙所の扉を開けると、視線が一気に入り口へと集まった。
腕にはびっしりと刺青が入り、風神雷神が描かれたシャツを着た金髪の男と、AVに出てくるエロ秘書みたいな服装をした腰まである黒髪の女。後者は煙草を吸う気配すらない。
明らかにおかしいだろう。君たちは一体なんなんだ。
震える私も、周りからの奇異な目線も放置して、彼は喋り出す。
「出身、どこやっけ。」
「盆は帰ったん?ああ、そういえば前会った時に言うてたな。」
普段の私からは信じられないくらいの蚊の鳴くような声で返答して、あとは頷きと首を横に振るだけで会話をする。
一番奥で煙草を吸っていた人が出ていった。
おいで、と私に目線を送る。
私が正面の壁を向いて、はるさんが壁際に背中を寄せるように立つ。90度の角度で向き合うように並んだ。
煙草の匂いが、あまり得意ではない。
でも鼻の奥で咽せ返るような煙をなぜか感じなかった。
別のことに気をとられていると嗅覚は鈍くなるのだろうか。
私たちが会話をやめたら(と言っても喋っていたのははるさんだけだったが)喫煙所はとても静かになった。ゆっくりとこちらに近づいてきて、2人の距離が縮まる。
ペラペラの頼りないスカートに腰が押しつけられた。ほぼ布切れみたいなスカートは、相手の『様子』が分かってしまう。呼吸が浅くなる。相手の息遣いが脳に響く。
お尻にそっと手が触れる。
カップルの女を引き寄せるだけにしか見えない行動だが、その軽い刺激以上に身体が動いた。
「反応すんな。」
煙草を指に挟んだまま、トントンと人差し指で灰を落とす。いつの間にか目の色が違う。煙に包まれたその人はとても色っぽく見えた。
引き寄せられた余韻がまだ抜けず、びくびくしそうになる。
「ふーん……。我慢できひんのや。」
ダメだ。脳みそから変な汁が出る。動けない。
鞄の持ち手を握りしめたら汗が染み込んだ。
そういえば、はるさんは喫煙所に鞄を持ち込んでなかった。
ポケットからスマホを取り出したのを見て、荷物は全部ポケットかと1人で納得する。すると、手に収まったスマホごとスカートの中に突っ込んできた。
予想外の出来事に身体が硬直する。
スカートの中にスマホを突っ込む前『インカメラ』だった。わざわざ『インカメラ』にして一瞬画面を見せたのは『わざと』だ。
ちっとも手が滑っていないその動作は、言葉はなくとも『お前のことを見ているぞ』と言ってくる。
嫌でも見られていることから意識が逸らせない。スマホが私のスカートの中に消えていく。
手に汗をかいている私とは違い、はるさんはなんてことのない涼しい顔をして顔を上げている。
スマホがポケットの中に戻っても硬直して元に戻らなくなった私に「そろそろ行こか。」と声をかけた。
身体の向きを変えると、いつの間にかその場にいる人たちは入れ替わっていた。
入り口付近にはスーツの若い男性3人組が煙草を吸っていた。平日の18時過ぎ。おそらく仕事帰りだろう。
異様な雰囲気に気づいたのか、煙草を吸わないのに喫煙所に来ていることを変に思ったのか。
理由は分からないけど、『興味深げ』にこちらを見ていた。
恥ずかしくて、急いで外に出ようとする。
右手と右足が同時に出るからうまく歩けなかった。咄嗟に腕にしがみついてバランスを取る。
あの3人は、私たちがドアから出たらすぐに、私たちの話をする気がする。何を感じたのかは知らないが。
「あの男の子たち、めちゃくちゃ見てたな。」
やっぱりそうか。
彼がスマホをスカートの中に入れながらも涼しい顔をしている間、周りの人の様子も観察していたんだろう。
恥ずかしさはまだ続いていて、顔が熱い。
熱さを冷ますために席に戻ってから残りのアイスティーを一気飲みするが、もう温くなっていたのであまり効果はなかった。
そろそろ出ようか、と荷物をまとめてカフェを出る。
カフェの自動ドアを出たところで彼が口を開いた。
「愛ちゃん。『おさんぽ』しようか。」
つづく
後編はこちら 完結済み
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