東京日記①世界と繋がるしごと
このオッサン、御年68歳。
歯はほぼない。
私が分けてあげた黒糖かりんとうはギリギリ噛めてた。
新宿の都庁のすぐ近くに一人で住んでいて、もう何年も家の近くのスーパーで夜勤をしている。
それ以外にも仕事はしている。
15年以上前に音楽関係の会社を立ち上げたが、リーマンショックの影響をもろに受けて倒産しかけた。社員がいなくなった今も、ひとりで細々と続けている。
素晴らしいアーティストの音楽を、世界中に配信する仕事なんだといつも誇らしげに語る。
(ちなみに同じ時期に妻と娘三人もオッサンの元からいなくなった。家に借金取りが来たり、娘が熱を出しても病院に連れていけないような状況だったから、仕方がない。)
9か月ぶりに会ったオッサンが、コテコテの関西弁で私に語る。
「最近もな、外国人がようけ来るけど、愛に教えてもらった英語で、ばっちりやわ。
ご案内しますは、アイ ウィル ショウユー、
ついてきて下さいは、プリーズ フォロー ミー やろ。
この2つで、だいったい通じるわな。
同僚の人らが、英語すごいですねってビックリしてんねん。この2つしか分からへんのに、おもろいやろ。ガハハ!」
オッサンは楽しそうに続ける。
「この前な、フランス人のお客さんから、酢はありますか?って聞かれてん。
アイウィル ショウユー、プリーズ フォロー ミー言うてな、売り場まで案内してん。
そしたら、スシを作るって言うねん。フランス人がやで?びっくりやろ。自分でつくりはるねんて、スシを。
どうやらな、酢と米をフランスまで持って帰って、作る言うねん。
それやったや普通の液体の酢でなしに、ほら、粉末タイプのすし酢があるやんか。わかるか愛?
スーツケースに入れて持って帰るんやったら、粉末の方がええわ思って、こっちが良いですよっておすすめしてん。そしたら、センキューセンキュー言うて、ごっつい喜んではったわ。ガハハ!」
お喋り好きのオッサンは、私の相槌が多少適当でも全く気にしない。
「あとなあ、中国人の観光客の人らはな、(中国語の真似)ってスマホにしゃべって、あ、こんなんやろ、中国語。ガハハ!
ほんで日本語翻訳が出てきて、それ見せてくんねん。まあちょっと変な日本語やけど、だいたいわかるやん。
もう、そんな時代よ。
せやから、何を探してるのか、理解は出来るねん。売り場まで案内するのも出来んねんけど、こっちの方がおすすめですよ、こんなんもありますよ、っていうプラスの説明が、やっぱり出来ひんなぁ。
もうちょっと英語が話せたらええんやけどな、クックック」
「せや、あとな、最近気づいてんけど、韓国人って、お~↑お↓(韓国人の抑揚の真似をしながら)って、皆言うよな。あの独特の波、わかるやろ、愛。
こっちがなんか説明したら、お~↑お↓って、皆言うてくれるんやんか。
そしたらさ、こっちが言ったことに感動してくれたんかなって、勝手に気持ちくなんねん。ガハハ!」
歯の無い笑顔で心底楽しそうに語る68歳、なかなか愛おしい。
私が「パパ、スーパーのお仕事、楽しそうだね。」と言うと、
「楽しいでえ。レジしてたらな、毎日いろんなお客さんと話せるやんか。
ほんまに色んな国の人が来るからな。白人も黒人も、イスラム教徒も、中国人も韓国人も。
そんなんやねん、パパの仕事。ガハハ!」
と、自分の顔を指さし、ちょっと自慢げな表情で笑う。
数か月ぶりに会うと、こんな風に最近出会った外国人のお客さんとのエピソードをいつも話してくれる。
音楽の仕事も、夜勤の仕事も、どっちも好きで、どっちも楽しいらしい。
「この人が私の父親で良かった」と誇りに思う、数少ない瞬間である。
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